望月

Open App

《好きだよ》

「——ねぇ、私の事好き?」
「あぁ、好きさ。そうでなきゃ、俺は君とデートに行ったりなんかしない」
「本当かしら? 昨日も別の女の子にそう言ってたわよね?」
「あー……けど、俺は運命を感じたときにそう言うかね。だって今俺は、君の許しがあれば抱き締めたいくらい好きだからさ」
「……もー、騙されてあげるんだから」
「はは、騙してなんかいないんだけどね。君のそういう優しいところも好きだなぁ〜」
「……嘘じゃない?」
「俺は本心しか言わない男だぜ〜?」
「……私も好き!」
 ——なんて会話を壁に隠れて聞いてしまった。
 声をかけようとしたのだが、急に女性と会話しだしたので咄嗟に隠れてしまったのである。
「……まぁたあんなことやって……本当に、アイツは誰でも口説くわね。いつか刺されるわよ……」
 友人。そう呼べる間柄でも、流石にあれは如何なものかと思ってしまう。
 生粋の女好き。リップサービスはお手の物。惚れた腫れたの沙汰は日常茶飯事。
 最早、将来が不安になる程のナンパ男だ。
 その癖、それが全てではないのが面倒だ。
「懲りないわね……まったく、アイツは」
 先程声をかけた女性に彼氏がいるらしいことは、知っているのだろうか。いや、どうせ知らないか。
「彼氏さんを探して謝りに……いや、私が入らなくても流血沙汰にならなければ問題はないけど……」
 時折、こういう瞬間を見てしまう。
 それを見なかったことにすれば良いのだが、そういう性分なのだ。
 他人の色恋沙汰に巻き込まれるとき程、疲れることもないし厄介なこともないとは分かっているのに。
「……まぁ、大丈夫か」
 本人が懲りないのだから、あと何度か痛い目に遭ってもらうしかない。
 荒療治でも、仕方がない。

 口説いた女性をよく連れてくるカフェ。
 優雅に紅茶を飲んでいた筈が、
「……おいおいマジかよ」
 一人の男性の登場で一転した。
 聞けば、口説いた女性——ルルの彼氏だという。
「おい、どういうことだ。ルル」
「この人が誘ってきたの〜お茶しませんかって」
「は? 彼氏はいないんじゃなかったの?」
「え? お茶に付き合うだけって話でしょう」
 ルルは悪びれもせずに言う。
 なら好きとか聞くな言うな、と言いかけて自分にも刺さるか、と留まる。
 そもそも、誘ったのはルルの方からだ。
「……あー、そういうことか。うん、まぁ、俺はそう言って誘ったよ」
「……どういうつもりだ」
「だから、綺麗な女性が一人でいたから、ついお茶に誘いたくなったって話だよ。別にそこからどうなろうとかじゃない、美人の時間潰しになろうとしただけ」
 落ち着いた声での弁解に、ルルは男性になにやら囁いた。なんだろうか。黙っててくれ。
「……そうか」
 おもむろに手を上げて、男性は頬に一発——いわゆる、ビンタを——食らわせてきた。結構痛い。
 正直避けることもできたが、薄々こうなるだろうということは予測できていた。だから、やむなく受けることにしたのだ。
「……ごめんごめん、悪気はなかったんだよ。あ、そうだ、ここで二人の時間でも過ごしなよ。金は適当に払っておくからさ〜」
「あら? いいの?」
 この女狐が。とは思っても言わない。
「もちろんさ、君と君の笑顔の為なら痛くも痒くもないよ」
「私が軽いお誘いだと乗ってしまったのが悪いのに……心配かけてごめんなさい」
「……いや、ルルは気にしなくていい」
 随分とお優しいことで、似合いのカップルだな、と思いながら愛想を貼り付けて、そのまま店を出る。
「……駄目だな、やっぱ」
「何が駄目なの?」
「うおっ!? な、なんだお前かよ……!」
 店の近くの路地に入ったところで、メアリーと出会ったのだ。
 友人、なのだろうか。自分にしては珍しく、数年にわたって関係を構築した女性だ。
 昔から彼女を怒らせてばかりで、出会いも、口説いた女性の友人という繋がりからだった。
「……で、何が駄目なのよ? 口説いてもフラれるこの現状? それとも、彼氏が来て落ち込んだ?」
「どこから見てたんだか……どれも違うけどな」
「それともなに? 顔のいい男とお茶がしたかっただけの女に口説かれたのに、あのカップルが後腐れないように敢えて殴られるっていう選択をしたことなの」
「……本当、どこから見てたんだよ……」
 いつもこうだ。
 彼女は、上辺だけでなくしっかり見抜いてくれる。
 ありきたりな理由だが、惹かれるには十分な理由だろう。
「……馬鹿ね、だからもうやめなさいって言ったでしょう。貴方が傷付くだけよ、リース」
「……お前のそういうところ、好きだよ」
「私まで口説く余裕が出てきたなら、もう大丈夫ね。そういう言葉は貴方の愛している人に言うのよ」
 ああ、届かない。
 分かっている、当たり前だ。
 周りの誰もが本心からだとは思わないだろう。
「いや、本当さ。メアリーの面倒見がいいところもそうだが、見抜いてくれるところも好きだよ」
「……逆に心配になってきたわね。私を口説く分には他人に迷惑をかけないけど……殴られた拍子に、ちょっと頭のネジも飛んだんじゃないの?」
「ははっ! 辛辣だなぁ〜君は、まったく」
「懲りないから言ってるのよ」
「はいはい、善処しまーす」
 いつかメアリーに届けられるのだろうか。
 嘘と建前で隠した想いを。
 友人である為に捨てたくて、捨てきれない想いを。

4/6/2025, 4:18:02 AM