そこは、暗い部屋だった。
カビが生えそうな程ジメジメとし、うちっぱなしのコンクリート壁と床。裸の豆電球には、光が灯っていない。
そんな場所に、一人の女性が椅子に座っていた。
20代前半程。ベージュの髪を肩下まで伸ばし、大人と子供の中間のような顔をしている。
女性は気を失い、手は後ろに回され、紫色の太い縄でキツく結ばれている。足も同様に結ばれ、蛙飛びじゃないと動けないような、そんな結ばれ方をされていた。
女性は暫くすると、カーキ色の眼をあけた。
呻き声を上げながら辺りを見渡し始める。
己の状況に気づき、腕や足を動かしてもがくも、自由の身にはなれなかった。
少し考えた後、女性は動かせない手に集中し始める。強く拳を握りしめ、何かをしようとする。
しかし、なにも起こらない。まるで未熟な鯉の様に。
「目が覚めた様だな」
女性から、少し離れた場所に置かれた机上に、黒塗りされたスピーカーが置かれていた。声はそこから鳴っており、音質の悪さから、低い声としか判別ができない。
「残念ながら、貴様の力は封じさせてもらった。お前の"自由"の力は強いからな。捕まえても、すぐ抜け出せてしまう。お前の手足を縛っているその縄には、強い呪念が込められていてな。お前の想いじゃ勝てないほどさ」
典型的な、天ぷらがあがりそうなセリフを吐いた声は、セリフの後に嘲笑った。フリー素材の様な声で。
女性は何も言わず、スピーカーを見つめる。顔には怒りも、焦りも、喜びも出ていない。真顔だ。
「さて、今のうちにあの梟のガキを殺さなくては。あの力は侮れないからな…梟鍋にしてやろう」
その言葉を聞いた直後。女性は深呼吸をした。
そして風が吹いた。上昇気流の様にそれは吹き、髪は逆立つ。周囲に置かれた机やら椅子も薙ぎ倒され、勿論スピーカーも鈍い音を立てて地面に落ちた。
「な、何が起きているんだ!?あの縄の想いに勝つなんて、そんなまさか!?」
風は部屋全体を傷つけ、手足を縛っていた縄を軽々と切り裂いた。女性は立ち上がり、風を止める。耳が痛くなりそうな程、部屋の中は静かになった。
「いやー、ぜっったいそういうテンプレ言うと思ったよ。おかげで腹が立って、想いを強くできた。ありがと」
女性は歯茎を見せながら、スピーカーに向かって歩きながら話す。
そしてそれを体重を乗せて踏みつけ、壊した。
「ごめん。そっちの呪いより、こっちの愛の方が強かったみたいだね」
「やなぎさん!大丈夫ですかー!」
部屋の外から聞こえたのは、少年の若々しい声。壊れた扉の外から、鳥の羽が一枚ひらひらと床に落ちる。
「うん、大丈夫ー!ちょっと、愛を叫んでただけ」
「はい?何言ってるんですか」
「まぁまぁ、ほらほら、さっさと行こ。黒幕さんに殴り込みしないと」
風を扱う自由の女性と、愛されている梟の少年の声が、段々と遠ざかっていく。
部屋の中には、踏み潰され、愛で壊されたスピーカーが、床に転がっていた。
お題『愛を叫ぶ。』
5/11/2026, 11:40:24 AM