最終話 その妃、落花妃也
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「……〜〜〜〜っ‼︎」
突如、真っ赤に顔を染めた馬鹿は、両手で顔面を覆いながら声にならない叫び声を上げた。
「……ジュファ様。一体何したんですか」
しれっと帰ってきたロンには肩を竦めながら、勝手に壊れたとだけ伝えておいた。
「それはそうと、何の話をしていたの?」
「主には今後のことですかね。一先ずは、この“花洛”と呼ばれる国の保護を」
「……その心は?」
「残された人々が、自力で社会に復帰することを望むと」
「また帝みたいなのが現れたらどうするのよ」
「その時は捻り潰すまでですよ」
「あんたもなかなかの悪よねえ」
「あなたほどでは。……ですので、その時はどうぞ、お力をお貸しください」
「その前に嫁と娘ちゃんに会わせなさいよね。あと、飼ってる白いカラスにも」
「ははっ。……ええ勿論」
さて、取り敢えずの方針と自分たちの成すべきことが見えてきたところで。
「それで? 勿論本名くらいは聞いたんだよね?」
「……容量超えてるから、それどころじゃない」
「じゃあ僕が聞く」
「みっちゃん⁉︎ それはズルい――ぐへッ!」
引き留めようとするあんぽんたんを、これでもかと言うほど術で弾き飛ばした陰陽師のロンは、目の前まで来て小さく会釈した。
「不慣れなもので。簡単で申し訳ありません」
「構わないわ。それに……せっかくこうして巡り会えたんだもの。また会う約束も兼ねましょう」
袖の中で両手を合わせたロンは、感謝の意を表すように一度深くお辞儀をした後、片手をそっと差し出した。表情や態度からは、一切の堅苦しさはなくなっていた。
「賀茂 栄光《かも よしみつ》。星の里の長だ」
「改めて、この度は力になってくれてありがとう。あなたがいてくれて本当に助かったわ」
差し出された手を躊躇いなく握ると、彼は少しだけ驚いたような顔をした後、「此方こそ」と年相応の笑顔を返してくれた。
「因みにあいつは、藤原 良隆《ふじわら よしたか》。一応あれでも未来の藤原当主です。改める必要はないでしょうけど」
「ちょっとみっちゃん! 僕からちゃんと言いたかったのに!」
「隅っこで茸育ててるからだよ」
「ジメジメはしてないから!」
「ふふっ。そうね、ジメジメもしてはいないし、よく知ってるから改める必要もないわ」
くすくすと、堪えきれない笑いが治ってから、ふうと一つ、小さく息を吐く。
じっと、此方を見つめてくれている彼等に、最上級の敬意と賞賛、そして感謝を込めて。
「改めまして。私の名前は、橘 葵生《たちばな きき》。橘の末の娘で、幼い頃に罹った結核で死んだことになるまではこの愛すべき馬鹿の許嫁だったけど、こいつの命を守る任務に就いたがために、こうして一つの国を滅ぼす羽目になりました」
「なんか、アレですね。せっかく大仕事を成したんですから、通り名くらい欲しいですよね」
「ちょっと待って⁉︎ 今それよりもすごい大事なこと言ってたよね⁉︎」
「そうだ。“落花妃”なんてどうですか? そのままですけど、わかりやすくて割と衝撃的だし」
「ついでに恐怖心も煽ろうって?」
「流石。よくわかっていらっしゃる」
棒読みでパチパチと手を叩く栄光は、取り敢えずどついておいた。
「互いの真名を教え合ったんだもの。裏切ったら呪い殺すわよ」
「あなたが言ったら洒落になりません!」
「わーこわーい」
「いやそれ、全然思ってないでしょ」
「だって裏切る予定ないし? 今の所はだけど」
「僕だってないわい!」
これがたとえ夢でも……ほんの一瞬でも、何だっていい。
こんなにも幸せな時間を噛み締めることができて、よかった。
……生きていて、本当によかった。
「あの。きっ、……葵生、さん」
「何?」
「一回でいいんで、……抱き締めてもいいですか」
「……なんて?」
「こっ、この、幸せな夢が醒める前に。一瞬でいいんで」
「一体何を言い出すのかと思えば……」
巡り合わせとは不思議なものだ。
まさか、こうして再び関わることになろうとは。
未来というものは、誰にもわからない。
決め付けなければ、無限の可能性があるのだ。
「駄目。というか無理」
「無理⁉︎」
「だから……まあ、後から気が済むまでしたらいいんじゃない?」
「――! ……っ。僕を弄んで、楽しいですか」
「ふはっ。……ええ。とっても?」
これからの未来は不確かだ。
けれど、確かなことが一つだけある。
たとえ、悲しい運命の歯車が回り出したとしても。
たとえ、この先どんな困難が待ち受けていようとも。
「そこで止めるなよ。押せる時に押さなくてどうすんだよ」
「ちょっとみっちゃん! 僕の恋路に文句言わないで⁉︎」
「ふっ。……ほんと、あんたたち仲がいいわねえ」
この絆は、……一生物だということ。
ー完ー
#夢が醒める前に/和風ファンタジー/気まぐれ更新
3/20/2024, 3:00:01 PM