星乃 砂

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《巡り逢うその先に》
        番外編
〈黒鉄銀次という男〉  ②

        
主な登場人物
 金城小夜子
     (きんじょうさよこ)
   玲央      (れお)
   真央      (まお)
   綾乃   (母 あやの)
 椎名友子  (しいなともこ)
 若宮園子 (わかみやそのこ)
   大吉    (だいきち)
 東山純 (ひがしやまじゅん)

 向井加寿磨 (むかいかずま)
   ユカリ      (母)
   秀一      (義父)

 桜井華   (さくらいはな)
   大樹  (父 たいじゅ)
 高峰桔梗(たかみねききょう) 
   樹      (いつき)
 葛城晴美 (かつらぎはるみ)
 犬塚刑事    (いぬづか)
 足立刑事     (あだち)

 柳田剛志 (やなぎだたかし)
 桜井大樹(さくらいたいじゅ)
 横山雅  (よこやまみやび)

 京町琴美(きょうまちことみ)
 倉敷響  (くらしきひびき)

 黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
   詩乃    (母 しの)

詩乃は布団の中で目を覚ました。
「気が付いたかい、ここは私の家だから安心していいよ」
「どうしてここに?」
「海に浮いてたアンタを息子が助けて連れてきたんだよ」
詩乃は昨夜のことを思い出そうとした。
誕生日
乾杯
一気飲み
意識をなくす


花瓶
詩乃は全てを理解した。
私、人を殺してしまった。
ガラガラガラ
「あっ、英樹が帰ってきたよ」
「目が覚めたか」
この人、たまにランチを食べにきてたひとだわ。確かお酒は飲めないって言ってた。
「あなたが私を助けたんですか」
「あゝ、そうだ」
「どうして死なせてくれなかったんですか。私は人を殺してしまったんです。生きていちゃいけないんです」
「落ち着け、郷田は死んじゃいない」
「本当ですか。よかった」
「全然よくなんかない、郷田は手下を使ってアンタを探している。捕まったら何をされるかわからないぞ」
「殺されるって言うんですか」
「いや、殺しはしない。だが、生かしもしない。薬漬けにされて、一生郷田に貢がされる」
「そんな!」
「すぐにこの町を出た方がいい」
「でも、一旦部屋に戻らなければお金も何も持ってないし、それにママに謝らなければ」
「まだわからないのか、あのババアと郷田の組は裏で繋がっているんだ。今までアンタと同じ目にあったヤツは、何人もいるんだ」
「ウソ、ママはそんな人じゃないわ。訳も聞かずに私を置いて、仕事もさせてくれたのよ」
「アンタは騙されていたんだ。アンタの前にいた女は、今は隣町のソープで、一日に5人の客を取らされているよ」
「そんなのウソよ。ママはとっても優しくていい人なのよ」
「いい人がアンタみたいなガキを夜中までスナックで働かせてる訳ないだろ。ともかく、すぐに町を出るんだ。駅にはすでに手下がいるからダメだ。30分後に港からトラックが出てこの家の前を通る。俺がトラックを止めるから、その隙に荷台に潜り込め。少ないがこれを持っていけ」
英樹は詩乃に2万円を渡した。
「それから、これを着て行け」
「これ男物の服ですよ」
「ヤツらが探しているのは女だ」
そしてトラックがやってきた。
どうやら英樹はトラックの運転手と知り合いのようだ。
詩乃は素早く荷台に潜り込んだ。
幌付きのトラックなので、外から見られる心配はなさそうだ。
トラックはすぐに走り出した。
詩乃は最後にお礼を言おうとして幌を少し開けてみると、英樹が数人に言い寄られていた。
ヤバイ、バレたんだ。
ここにいたら見つかってしまう。
トラックが十字路を右折したところで詩乃はトラックから飛び降り路地に逃げ込んだ。
その後すぐに猛スピードで車が通り過ぎトラックを止めて運転手を引き摺り下ろした。
危なかった。
でもこれからどうしよう。
ここにいてもすぐに見つかる。
目の前に自転車があった。
迷っている時間はない。
詩乃は自転車に乗り、できるだけ人のいない裏道をゆっくりと焦らずに東に進んだ。
三つ目の十字路でヤツらの車が飛び出してきた。
急ブレーキをかけたので、ぶつからずにすんだが万事急須だ。
しかし、詩乃には気付かずに車は走り去って行った。
そうか、男装をしていたので気付かれなかったのだ。
英樹さんありがとう。
詩乃は三つ先の駅で自転車を乗り捨てた。
このまま東行きの電車に乗るか迷った。
自転車はすぐに見つかるだろう。だとすると東に行くのはまずい。
一か八か詩乃は西行きの電車に乗った。
自分のいた町の駅で電車が止まった時は生きた心地がしなかった。
ホームや改札の外に手下が5・6人いたのだ。
だがヤツらは駅に入って来る女を調べていたが、電車の中の乗客など気にもしていなかった。
電車は無事に出発した。
詩乃はやっと一息ついた。
あんなに優しかったママが私を裏切ったなんてまだ信じられない。
詩乃は涙が溢れてきた。
裏切られたから。
悲しいから。
悔しいから。
また、ひとりになったから。
詩乃は泣きながら眠りに落ちた。
詩乃が目を覚ました時にはすっかり夜になっていた。
電車は大きな街の駅に着くところだった。
‘キレイ’詩乃はネオンの輝く街を見てそう思った。
この街にしよう、身を隠すなら大勢の人の中がいい。
所持金は残りわずかだ。
すぐにでも仕事を探さなければならない。
もう騙されたりなんかしない。
詩乃は心に強く誓った。

           つづく

9/8/2024, 9:45:05 AM