薄墨

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雪が降っている。

溶けない雪に囲まれて、ぼくは立ち尽くす。
ななめがけした無線からは、ノイズがずっと届いている

萎びた花弁のように、皺の寄った、土気色のモノたちが倒れている。
ぞぞろに、虚な目がどこかを見つめている。

切り立った崖の足下に空けられた洞の入り口。
満開の雪が降り注ぐ国境沿いのこの崖は、随分とたくさんのものを腹に抱えていたようである。

ぼくたちは、役割を果たすため、その洞に詰められた、かつての大人たちを、引きずり詰め込む。
ぼくたちの種は、みんなで一緒にこの墓に眠る。

ぼくは、基礎教養でなんども教わった、教官の言葉を思い出す。

「桜の花が散るのは、“代謝”や“アポトーシス”といわれる仕組みである。花が萎れ、散ることを嘆く者もいるが、元来、花というものは、散るべきものなのだ。」
「花というものは、成長し切った組織が、次の世代を作るために成るものだ。すなわち、役割としては新しい世代を繋ぐためだけの段階、ということだ。」
「経年劣化によって衰えた組織を、新たな新世代の組織のための物に変え、新しく正常で環境に適応した状態を常に作り、生き残る。」
「それが、“桜散る”という現象の狙いなわけだ。」

そこで教官は一拍かけて、息を吸った。

「…さて、この次世代のための、合理的な積極死…“アポトーシス”は我々の種の存続にも、利用されている。」
「かつて、この星には、環境を変えるほどの技術を生み出すことによって、生き残ってきた種がいた。」
「しかし、彼らもやがて…環境を大幅に変えた結果、環境の変化が激化、高速化し、環境の変化に技術が追いつかなくなり、滅びた。それが、我々の前のこの星の支配者、人類という」

「彼らの失敗が示すように、この星で永遠に我々の社会を繁栄させるには、環境の急激な変化に対応できるほどの、進化の高速化が必要となる。」
「進化の高速化とはつまり、次世代への切り替えを早め、環境の変化に適応した変化を高速化することが求められる。」
「…ということで、我々はそのように進化した。」

「我々は一定年齢を過ぎ、古びた考えしかできなくなると、自動的に死を選ぶようになる。枯れ葉が一斉に落ちるように。満開の桜がいずれ散るように」

「お前たちが生きているうちに、いずれ我々教官も死を選ぶ。あの桜散る崖から、俺たちは飛ぶ。お前たちに全てを託して、お前たちの邪魔とならぬように」
「そして、いつか、お前たちも飛ぶ」

「それまで、幸せに生きろ」

洞の中に、教官を運び入れる。
教官がぼくに開けてくれた場所で、ぼくはどうやって生きていこう。

教官の服のボタンに、桜の花びらが一枚ついている。
見上げると、崖の上の“空知らぬ雪”…桜が、一斉に花を散らせていた。

4/17/2024, 12:18:57 PM