赤から青に変わった、歩行者用信号。
それが、少女が見た最後の景色であった。
光と色彩に溢れていたはずの彼女の世界は、今や濃淡のない暗闇に包まれている。
視力を失ったこと以外に、事故の後遺症はないが…彼女の精神は、容易にその暗闇に蝕まれた。
憂鬱な起床と共に、少女は何度目かも分からぬ漆黒の朝を迎える。もしかしたら既に昼かもしれないが、彼女がそれを確認する術はない。
起き上がる気力など微塵もなく、彼女はタオルケットを蹴飛ばしつつ寝返りを打つ。そうしてまたいつものように、暗黒の世界の中で、暗い感情に打ちひしがれる…はずだった。
暗黒の世界に、人影が映り込む。光がなければ影も生まれないはずだが、しかし確かにそこに人影があり、彼女はそれを視認した。
「変わり者の悪魔」を自称するそれは、彼女に一つの提案をしてきた。それは、心眼の能力を対価として、彼女の眼球を食べさせるというものだった。悪魔が食べるものといえば魂であるが、その人影は眼球が食べたいのだという。
「…なんで、眼?」
「まぁ、変わり者なんでね。あぁ勿論、痛くないように食べてあげるよ」
笑っているらしい声色で、人影がそう答えた。
少し悩んだ後、少女はそれを承諾した。
心眼の能力とやらの正体はわからないし、食い逃げされる可能性は十分 有り得たが…既に光を失っている彼女にとって、眼球の有無など些細な問題だった。
瞼と眼球の隙間に、長細い指らしきものが入り込む。眼孔から、球体が取り出される。
どこかくすぐったいような、ぬめつくような感覚を彼女は覚える。しかし人影の言った通り、痛みは一切 感じることはなかった。
ふと気付いた時には、人影は消えていた。
代わりに、彼女は白い光の線を見つける。目で辿ろうとして、眼球がないことを思い出した彼女は、顔を動かしてそれを辿った。
そうして彼女が見たものは、自身の横たわる布団と、蹴飛ばしたタオルケットの、白い輪郭線であった。
(「ティマセル学園」―満月 希望―)
11/5/2024, 1:56:55 PM