そこは何も無かった。
「ねえ、どこにいくの?」
己の手を引き、歩みを進める人物に問う。痛くはない、けれど離す気は無い様子に疑問が浮かんだ。首を精一杯あげても顔を見ることができない。
それほどまでに前を歩く男の背は高かった。
【...ここではない場所だ。】
いくら話しかけてもうんともすんともしない男が初めて発言する。それも振り返って、だ。顔はよくわからなかった。
黒く塗りつぶされているようだ。
振り返った時に手は離されていて、自由になっている。軽く握ったり離したりを数回続ける。自分のものではないみたいだ。
その光景を眺めていた男がおもむろに片膝をつくと、ようやく目線が揃う。両者ともに見つめ合う。
なぜか吸い寄せられるように側にいき、男に向かって腕を伸ばす。
男からのぎこちない抱擁を、そっけない態度を、冷たく聞こえる言葉遣いを。
..........知っている。
そうだ、オレはこの人を忘れたくないんだった。
思い出した記憶に胸が震える。思わず抱きしめる力を強めてしまった。だって、この人はオレの。
「....オレ、あんたがいないとさみしいんだ。」
【.......そうか。】
「.........ずっと、ずっと会いたかったの。」
【...そうだよな。】
「だから、ここにきたの。」
ここに、じゃまものはいないから。と続けて言った言葉に、男がため息をひとつこぼした。涙声になったからだろう。
大きな手でゆっくりと背を撫でられる。この大きな手が1等好きだった。ほかの何よりも。
落ち着いた頃合いに撫でるのをとめて、再度視線を交わす。お互いの額を合わせる。この行為に意味は無いけれど、大切な記憶が覚えている。
【....お前は。ここがどういう場所かを知っている。そうだろう?】
ああ、そうだとも。閉ざしていた瞼が持ち上がり、己の意識が浮上した事を確認する。
とても懐かしい夢を見た。心底から望まなければ見ることが出来ないというのは本当だったらしい。
まあ、もう叶うことがないけれど。
先程、最後の占星術師を看取った所だった。こちらを人目見るだけで顔色が悪くなったのが面白かった。
老婆が告げたのは、こうだ。
心底から願えば叶いましょう。全てが貴方様の言いなりでしょう。叶いましょう。全てが貴方様の望む結果となりましょう。叶いましょう。星々は貴方様のご気分を損なったりは致しません。全て叶いましょう。 ..........
最後の方はよくわからない。ぶつぶつ言っている最中に死んでしまったから仕方ないのだ。
意識が浮上する前に男が呟いた事を考えてみる。
口の動きを学んでいてよかった。
...?
なんだ、アンタもだったんだ。
そうして、誰もいない世界で、笑った。
3/19/2025, 2:57:26 PM