【ラブソング】
『音痴が歌うな!』
『美羽くんは歌の練習を頑張りましょうか。』
『お前歌下手くそ!』
嘲笑、嘲笑、嘲笑。
俺には音楽の神は微笑まなかったのか、歌が絶望的に下手だった。
だから音楽の授業が嫌いだったし、合唱コンも病欠。
高校生になってからは悪知恵を働かせて口パクで一生懸命歌っている風を演出していた。
『いいよな、歌上手いやつは。』
友人とカラオケに行くのも控えていた。
歌が下手いと、笑い者になるか空気が凍るかの2択。
恥をかくぐらいなら逃げた方がマシ。
俺は歌とは無縁の世界で生きていた。
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クラスメイトが肺炎になった。
先生からみんなからのメッセージカードを任せられたから、国立病院に自転車を走らせる。
『相川さんは506号室です。』
面会時間になんとか間に合い、部屋番号を尋ねる。
エレベーターで重力を体に感じながら5階へ辿り着く。
夕日が真っ白な廊下を赤く照らしており、5時のチャイムがどこかで聞こえてくる。
『503、503、、、』
呟きながら部屋を探し、そーっと覗く。
『キーラーキーラーひーかーる♪おーそーらのほーしーよー♪』
透き通った淡い歌声がかすかに聞こえて、肩が跳ねた。
なんて綺麗な歌声なんだろう。
歌のセンスがない俺でもこれはとても綺麗だと認識できた。
『!だあれ?』
人影に気づいたのか、歌が止まり代わりにか細い声が開いたドアの隙間から聞こえた。
『、、、、』
観念してドアを開け、部屋に入る。
彼女は三神杏奈。
容姿端麗で才色兼備。
どこをとっても悪いとこが見つからない。
歌も上手だ。
彼女がいるクラスは毎年最優秀賞をもらっている。
『み、三神さん。みんなでメッセージカード書いてきた。』
カバンから預かったメッセージカードを取り出し、受け取ってもらう。
『わぁ、ありがとう。そんなにひどい病気じゃないのにね。』
困ったように笑う彼女を、俺はかわいいと思った。
たぶん、神秘的な夕日のせい。
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それから俺はたびたび彼女の病室を訪れた。
彼女は肺炎と食道癌が併発しており、少し長めの入院となっていた。
『き、今日は歌、歌わないの?』
鼻にチューブを通した彼女がふとそう言った。
『うた、、?』
『うん。いつも鼻歌とか歌ってるから、、』
窓の外の景色を眺めながらゆっくり瞬きをするその姿は湖の湖畔で佇む白鳥のようだった。
『もう、いいんだ。歌は。飽きちゃった。』
彼女は困った顔で笑っていた。
『そうなんだ、、。』
なんとなく気まずい空気になってしまい、その後は逃げるように病室から出ていってしまった。
彼女がもう2度と歌えなくなると聞いたのは、手術を終えた3日後だった。
どうして。どうして俺はあんなこと、、
歌えない彼女にどうして、、
傷口に塩を塗るようなことを!!!
バン!
いきなり病室に入ってきた俺をみた彼女は、わずかに目を見開いた。
『♪♪〜♯〜』
俺は歌った。
彼女に向けた歌を。
歌が下手いとか、言われても構わない。
伝わってほしい。
君の歌声が好きだったと。
凛としていて静かで、それでいて燃え上がるように美しい。
歌い上げ、肩で息をしている俺を見て、彼女は涙を流しながら笑った。
『なぁんだ。歌、上手じゃん。』
困ったように、笑っていた。
5/6/2025, 10:43:31 AM