お題「この場所で」
友達の家に遊びに行った。
初めてできた友達で、笑顔のかわいい子だ。
なぜ私と友達になってくれたかはわからない。
でも、居心地が良くて、楽しくて、私はそこを掘り下げずに今まで接している。
「いらっしゃい! あがってあがって」
友達が満面の笑みで迎えてくれる。
玄関には靴箱の上にカエルの置物がある。
そういえばうちにも玄関近くにカエルの置物があった。たしか、家族が無事に帰れるようにという願掛けだったはず。どの家でもそうなのかもしれない。
靴を脱いで揃える。
近くにたくさんの靴があった。彼女はきょうだいはいなかったはずなので、親とこの子の靴なのだろう。
家族でおしゃれをして出かけることが多いのかもしれない。
「とりあえずリビングでジュース入れてから部屋いこっか」
彼女の言葉に頷いて、私は彼女の背中を追う。
リビングには彼女の両親がいて、いらっしゃいとにこやかに迎えてくれた。
私は親から預かった手土産を渡す。母親が受け取り、「あとで部屋に持っていくからね」と笑った。
彼女は「楽しみだね!」と言って、コップとジュースを持ってリビングを出る。
それに続いて私もリビングを出る。
リビングもそうだったが、廊下の壁にもいくつか写真が飾ってあった。
きっと彼女の小さい頃なのだろう、いまと変わらない満面の笑みでこちらに向かってピースをしていたり、3人で楽しそうに旅館をバックにして撮っていたり。
写真を見ているだけで、彼女の楽しい気分が伝わってくるようだった。
「ここがあたしの部屋! ちょっと散らかってるけど大目に見てね!」
恥ずかしそうに笑う彼女。
部屋には大きなウサギの抱き枕やペンギンの置物など、動物モチーフのものがたくさんあった。
そしてここにも写真はあった。
小学生のときの友達だろうか。みんなでランドセルをこちらにむけて誇らしげに笑っている。
「それね、小学校の入学式の時に、幼稚園の友達と撮ったの。みんなかわいいし、楽しかったから片付けられなくて」
日焼けしたその写真を彼女は撫でた。
その写真の横には、年季の入ったオコジョのぬいぐるみもある。
「これはお父さんが仕事の出張のお土産で買ってきてくれたんだ。かわいいでしょ?」
黒ずんでいる。きっと、小さな彼女は嬉しくてずっとこのぬいぐるみを持ち歩いていたんだろう。汚れなど気にせず、一緒に歩くことの方が大事だったのだろう。
この家にはいろんな思い出が詰まっている。
楽しい3人家族の、元気に育ってきた思い出が。
この場所で育ってきた小さな女の子が、目に浮かんでくるようだった。
本当に、私以外の人も生まれて育ってきたんだね。
思わず呟くと、彼女はおかしそうに笑った。
「当たり前でしょ? あたしもみんな、ちゃんと現実に生きてるんだから」
彼女の手が、私の顔に伸ばされる。
触れる直前、その手が歪んだ。
途端に視界は暗転する。
「またあの夢か」
目を覚ました私はぼんやりと空を見上げていた。
そばには手懐けた野良犬がいる。わしゃわしゃと撫でてやると、嬉しそうに吠えた。
自然の音しかしない世界。
子供も先生も電子の存在で満足してしまったがゆえに訪れた、人間ただ一人の世界。
いや、もしかしたらこの地域以外にはまだいるのかもしれないが、少なくとも歩いていける距離には誰もいなかった。
いつも私はあの夢を見る。
友達の家に行って、写真を見て、この子も生きてるんだと実感する夢。
だがその子は電子の存在だった。子宝に恵まれなかった夫婦が生み出した子供だった。
私の友達は、発電所が稼働しなくなったために消えた。
隣でくぅんと鳴く声が聞こえた。
撫でてやると、この子の温かさが伝わってくる。
「そうだね、早くご飯見つけに行かなきゃね、ハナちゃん」
架空の友達の名を与えた犬を連れて、私は今日も一人で生きていく。
おわり。
2/12/2023, 12:53:38 AM