煌々と輝く看板たち。
雑念と並んだ建物たちが、皆一様に蛍光色を光らせる。
低高問わず並ぶ光り物たちに紛れた赤信号がゆっくり瞬く。
うなじで簪が揺れる。
浮ついた雑踏の中を、私は足音を高らかに鳴らして歩く。
いくつもの視線が刺さる。
この花街ではお馴染みの視線だ。
私は凛と背筋を伸ばし、それを受け流しながら、歩く。
『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』
この街で恋を売る者にとって、常に意識すべき戒めの言葉だ。街を歩く時、私は常に心の裡で、唱えて歩く。
べったりと欲望の滲む風に乗って、怒鳴り声や呻き声が運ばれてくる。
この街は暗黒街でもある。
この街の、雑多に輝く灯りと人混みが作り出す深い夜の帳には、溢れんばかりの人の欲望が、昏く際限なく渦巻いている。
この街の、そんな混沌さが、私は好きだ。
この街で働く者たちが客を選ぶには、それ相応の価値が要る。
完璧な自己責任が暗黙のルールであるこの街は、実力も努力も持ち合わせない者には際限なく厳しい。
銭に見合う価値のない者たちは、使い潰され、打ち捨てられる。
華やかな街並みを背景に、打ち捨てられた黒い人影がひっそりと蹲っている。ここはそんな街だ。
そして、時にはそんな影と、ふと目が合うことがある。
…ちょうど今のように。
白濁した薄い膜の張ったような瞳が、こちらを見上げている。
不均等に乱れた髪をそのままにして、爛れた右目を引き攣らせて、異常に緩慢にこちらを眺める、未成年とも満たない、くすんだ少女。辺りに保護者は見当たらない。
こういう子どもには、胸が痛む。
この街で捨て置かれる人間は、大抵が自業自得だ。
街の風景に同化しているこの手の人間は、自身の怠慢や不注意から、自分が取れる範囲の責任を超過したことをそのまま地を這いつくばった者たちなのだ。
…だが。だが、そんな人間に巻き込まれ、生まれた状況に恵まれないだけで、不運にも、捨て置かれる人間がいるのだ。
捨て置かれた人間から、この街に生まれた子どもは、その際たる者である。
少女は、殴られた後の仔犬のように、怯えと卑屈の滲む顔で、じっとこちらを見つめている。
綺麗な顔立ちだ。
すっきりとした目鼻立ちに、柔らかそうな頬。前髪にかかったまつ毛は、長く跳ね上がっている。
……美しい子だ。私よりもずっと。
気がつくと、私は少女に手を差し伸べていた。
「おいで」
たくさんの言葉が脳内を駆け巡り、指先に迸ったが、口から出てきた言葉はそれだけだった。
おずおずと、緩慢に、彼女は私の手を取った。
ボロボロだが、大人よりはずっと柔らかい。
薄汚れた瞳は焦点を絞らないまま、こちらの瞳の奥をじっと見つめている。
街の喧騒が遠い。
体にも教育にも悪そうな、この街の、ビビットカラーのネオンたちだけが、私たちを照らしていた。
6/11/2024, 1:26:26 PM