たそがれ空がとても綺麗だと気付いたのは、彼の視線の行く先を辿ったからだった。
日誌をわざと書かずにいた。先生から頼まれていた仕事を、放課後になるまで忘れたフリをしていた。
優しい彼はきっと付き合ってくれると分かっていたから。
オレンジ色の光を一直線に見つめる彼はとても綺麗で、今にもその光に吸い込まれて消えていってしまいそうだった。
わたしが好きになってしまった彼は、時折とても儚い表情をする。ここにはいない誰かを、ここの景色と重ねて、愛おしそうに眺めている。けれど、わたしから見える彼の瞳にはこの景色しか映っていない。空はたくさんの色が混ざっていて、それでもわたし達に届くのはオレンジ色だけ。彼は、そんなこの景色と、誰を重ねているのだろうか。
「ごめんね、色々忘れちゃってて。」
彼がここにはいない誰かを見つめていることに嫉妬して、わたしは声をかけた。数秒してから、彼の瞳がわたしを捉えた。
「ううん、大丈夫。そういうこともあるよ。」
彼の声はとても聞き心地がいい。ふかふかの布団にくるまれているような気持ちよさを味わえる。
わたしに向ける視線もあたたかい。笑顔もやわらかくて、カメラを持っていたらシャッターを切っただろうな、なんて思う。
彼の声も視線も笑顔も、彼の全部をわたしが独占できたらいいのに。
ああ、彼と隣の席になれたあの日から、わたしはワガママになりすぎている。
彼の顔にオレンジ色の光が差して、影ができる。その美しさをいつまでも、わたしが独り占めできたらいいのに。
彼の持つシャーペンは淀みなくスラスラと動いている。
日誌は未だ真っ白のままだ。
10/1/2023, 10:14:13 AM