千明@低浮上

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ギッという音を鳴らしながらキャスター付きの椅子に彼が座った。座ったまま足を蹴ってコロコロとこちらへ近づいてくる。その距離はどんどん近づいていき、とうとうトン、と膝同士が当たってしまった。おずおずと膝から顔を上げて彼を見るとニヤリと笑っている。

「な、なに」
「お見合いするって聞いたんだけど」
「う、うん...」

何を思ったか彼はさらにその距離を縮めてきた。もうこれ以上詰められることは無いと思っていたのに。彼の太腿の間に私の足が挟まった。

「俺の事好きなのに?」
「好きなんて言って無い」
「顔を見れば分かるよ」

近い。ドッドッと鳴る心臓はこれ以上ないというぐらいに動いている。顔に熱が集まっていくのが分かる。彼が私の頬に手を添えた。

「そんな顔で行くつもり?見合い相手が可哀想だろ」
「どんな顔」
「俺のことが心底好きだって顔」

ああ、いつから。彼の瞳に映る自分はとてもふやけた顔をしていた。私は彼に会う時いつもこんな顔をしていたのだろうか。

「うん。すきだよ」

段々と彼の顔が近づいてくる。一瞬触れた唇は少しかさついていた。離れた彼を見た。

「ふふふ。あなただって」
「何が?」
「私のことが心底好きな顔してる」
「........お見合い断って」

そう言って再度落ちてきた唇は私が息を吐き出した隙間を見逃さずにスルリと口の中に入ってきた。やわやわと動きだした舌をメッとばかりに少し噛んだ。

「...何」
「まだ聞いてないんだけど?」

彼は少し考えて、キャスターをコロコロっと私から距離を取った。そして膝を合わせて、向かい合わせになった。

「俺と付き合って」

結果なんて聞かなくても分かっているはずなのに、膝の上で拳を握る彼がとても愛しく思えた。
明日に控えていたお見合いをどんな理由で断ろうかと頭の隅で考えながら、返事代わりの短いキスをする為に彼の方へ、今度は私からコロコロと近づいた。




#向かい合わせ

8/25/2022, 12:29:12 PM