NoName

Open App

とあるお坊さんが、ひとに執着する必要はないと言った。縁のある人とは繋がるものだし、そうでなければ自然と繋がりは切れるものなのだからと。
しかし、私は思う。人は互いに少なからず執着するからこそ、縁を繋いだままでいられるんじゃないのか、と。
私は、人に依存しやすい傾向がある。そう自身でも自覚するほどだ。執着しなければ、私は多分社会から外れてしまう。容姿も、能力も何ひとつ秀でたものは無く。なんなら劣るところが多いと思う。
私は坊さんが見ている世界をみてみたい。沢山の色に溢れているのだろう。きっと、素敵な色なのだろう。私は、私自身の欠点のせいで無色に近い日々を生きてきた。人はいう、それは単なる努力不足なのだと。だけれど、少しこれに言い訳をさせて欲しい。これは私の欠点が生んだトラウマのせいなのだと。偶然にして、悪意と欠点が交わればあまりにも酷い衝突を起こす。それは当たり前のことだ。当たり前のことなのだ。
無理矢理脱色されたのだからこりゃあ酷いもので、無色といえど汚い色が混じってしまった。憎悪、嫌悪、苛立ち、孤独という最低な色だ。ここまでいくと、もはや透き通る透明さがほしい。透き通る透明さを、水を、潤いを、無垢なその心を返して欲しい。
まあ、とどのつまり言いたいことは人には執着が必要だ。特に、私みたいな人間には必要なのだ。ぷつりと、今にも途切れかかるその細い糸を漸く手繰り寄せているというのに、全くもって恵まれた方々は理解してくれませんね。素敵な人々に囲まれていたのでしょうか。いやはや、これは妬みの類の言の葉でございますな。申し訳ない。今日はここらでお仕舞いにいたしましょう。

4/18/2026, 3:31:47 PM