潮風と、十年分の手紙
東京駅のホームに、静かに電車が滑り込んできた。
彼女はキャリーケースの取っ手を握りしめ、深く息を吐いた。
十年ぶりの帰郷。
それは、彼女にとって“旅”というより、“償い”だった。
故郷は、北陸の小さな町。
高校卒業と同時に飛び出して以来、一度も戻っていない。
理由は、あまりにも多すぎて、逆に説明できなかった。
車窓から見える景色は、少しだけ変わっていた。
けれど、山の形も、川の流れも、あの頃と同じだった。
胸の奥が、じんわりと痛む。
駅に着くと、懐かしい匂いが彼女を包んだ。
潮の香りと、古い木造の商店街の匂い。
それは、思い出の匂いだった。
「……帰ってきたんだな」
声をかけてきたのは、幼なじみの尚人だった。
彼は変わっていなかった。少しだけ髪が短くなって、声が低くなっただけ。
「久しぶり」
それだけ言うと、彼女は目を伏せた。
言いたいことは山ほどあるのに、言葉が出てこなかった。
尚人は笑った。
「お前が帰ってくるって聞いて、町中がざわついてたよ。
でも、俺は信じてた。いつか、ちゃんと戻ってくるって」
二人は並んで歩いた。
商店街のシャッターは少し増えていたけれど、あの駄菓子屋はまだあった。
川沿いの桜並木も、秋の風に揺れていた。
「……あの頃、私は逃げてばかりだった」
彼女がぽつりと呟くと、尚人は立ち止まった。
「逃げることも、旅の一部だよ。
でも、戻ってきたってことは、もう一度始めるってことだろ?」
その言葉に、彼女は初めて笑った。
涙が頬を伝っていたけれど、それは悲しみではなかった。
センチメンタル・ジャーニー。
それは、過去を振り返る旅ではなく、未来へ踏み出すための旅だった。
お題♯センチメンタル・ジャーニー
9/15/2025, 3:09:24 PM