まる子

Open App

静寂に包まれた部屋で一人の女性が横たわっている。
「どちら様?」
彼女は、ゆっくりと目を開いた。
「あぁ、そっかわかんないよね。僕は君の関係者だ」
僕は、妻となる女性に声をかけた。
「そうなんですね」
彼女は桜色に染まった唇を微かに動かす、
「ずっと空を眺めているのかい?」
彼女は細長い黒髪を振り払いこちらを向いた
「、、、わからない、」
「えっ」
「記憶が」
彼女は自虐的な笑みを浮かべてそう言った。
「思い出せそうなのに思い出せない」
「ねぇ、この子はだれ?」
彼女はとある家族写真を手に取った
「それは、、、」
僕は言葉に詰まる
きっと彼女に言ってもただ困惑するだけ
彼女に記憶なんて無い、
もちろん昨日の事も、
きっと寝れば今日の事も、
初めてのキス
泣いて喧嘩して、笑ったときの思い出
そして、お腹の子を宿したときのあの感覚
これら全て嘘であるかのように次々と脳内で書き消されていく。

「この子をお願い、この子を先に、」
心花はそう叫ぶと共に緊急手術室へとはいっていった。
数時間後、医者が言った
「お腹の子は助かったのですが、、、」
僕は、その言葉と共に不吉な予感がした。
あぁ、言うな、言うな、何も言わないでくれ!!
「奥様は、脳に酷いダメージを受けてしまって、もう、、、」
「記憶は二度と戻らないでしょう。」


昨日の事も今日の事も、どんなに泣いても、どんなにあがきもがいても、もう彼女の記憶は戻ってこない。


「心花、それは君の子供」
僕はそっと彼女の手を握った
「それは、それは君が命がけで守った何よりも大切なものだ」

彼女は、一瞬曖昧な顔をしたが、途端にみるみる笑顔になった。
「そっか、そうなんだ」
彼女は、空を見ていった。
「私の、子供かぁ、、」
彼女の頬からは一滴の輝く涙が伝っていった。




9/30/2023, 8:23:08 AM