紙ふうせん

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『誰にも言えない秘密』

私、十二歳のあかねはずっと商店街に住んでいた。だからみんな仲良し。でもお店屋だから泊まりで出かけたことがない。これってひどくない?っていつも友達と文句タラタラ。

大人たちもそこの所は悪いと思うのか、日帰りだけどたびたびバスを借り、高原や大きな室内プールにと私たちを連れて行ってくれた。私もみんなと同じで前の夜はワクワクで胸がいっぱいで眠れたもんじゃない。

その日は少し足を伸ばし川原でバーベキューをしようという日だった。
その川は流れが穏やかで浅瀬だから川遊びもできるというので、私たちのテンションは上がりまくり。やったぁ、川遊びなんて初めてだし、そんな所でのバーベキューも死ぬほど楽しみ。
熱が出そうなくらい、その日を待っていたもの。

私はバスの右側に座った。こっち側が川だと聞いたから。だんだんお店もなくなり、畑ばかりになり遠くには山が見える。バスから景色を見るのはとても楽しいの。初夏だったのでバスの窓も少し開いてる。畑が増えてくると窓から入る風に乗って土の匂いがしてくる。景色もどんどん変わるし匂いも変わる。楽しみだなあ。だって、大きな川なんて見たことがないんだもの。

そのうち急に右側は林になった。
薄暗くて木ばかりでつまらないなぁ、と思った頃白いかわいいお花を見つけた。やったぁ、あれ?水の音がする?

「わぁ、川の音だ〜」と誰かが言い大騒ぎ。こんなに楽しみにしてたんだから当たり前だよね。

急に眩しくなり大きな川が見えた。とうとう川だ、なんて大きいの、こんなに大きな川は見たことないから、バスの中はもう、大興奮。白いお花もいっぱい咲いてる、かわいいな。

バスを降りると草原だった。シロツメクサがいっぱい咲いている。じゃあ、これで花のかんむりや首飾りも作れるじゃない?なんて今日はいい日なんだろう。

バーベキューが始まった。私はどんどん食べ、飲み物もいろんな種類のを好きに飲んだ。うちでは絶対出来ないからみんなもう夢中で食べたり飲んだりしている。

お腹が満たされると、大人が見守る中でみんな川辺で遊び始めた。
男子はもうサンダルを抜いで、川に入っている。
私もまきちゃんと手を繋ぎ生まれて初めて川に入った。きゃあ、と二人で笑いながら。冷たくて気持ちいい、本当に浅い川なんだ、これなら怖くない。

やがてそれも飽きて私は川から上がった。まきちゃんはまだ楽しそうに遊んでいた。

その後、徹くんから『水切り』を教わりやってみたけれどうまくいかない、つまんないの。途中で徹くんは友達に呼ばれて行っちゃうし。

私はブラブラとバスで来た道を歩いてみた。バスだと気がつかなかったけど上り坂なんだ。すると「あ、あかねちゃん」と言われた。見回すと、こっちこっち、と声がして、なんと道路から更に高い、河原と反対側の小高い山の様な所にみさちゃんがいた。

私は「みさちゃん、危ないよー」と言うと「大丈夫、大丈夫。そんなすごい高さじゃないよ」と言うので、興味もあり、道路より少し高いところをよじ登った。

登ってみると、なんだか河原とは全然違う感じだった。まるで山だ。ふと見ると話しながらずいぶん奥に入っていた。戻ろうよ、と言ってもみさちゃんは止まらない。

すると、ある所で崖のようになっていて行き止まりだった。
足元は草がやたら生えている。
二人でのぞき込んで「うわ、下見えないね」と言い、今度こそ、戻ろうと言い、私はくるりと踵を返した。その時みさちゃんが、私のTシャツの裾を強く引っ張ったのだ。「伸びちゃうからやめてよ、みさちゃん」と言って私はひっぱり返した。でもどこにもみさちゃんはいなかった。え?みさちゃん?「みさちゃーん、ふざけないで出てきてよ、帰ろうよー」と言ったがどこにもいない。

みさちゃんの立っていた辺りを見て、はっとした。私のいた所はちゃんと土があった。だけどみさちゃんのいたあたりは、足元には草が長く生え見えにくいが足元に土はなかった。みさちゃん、落ちたんだ、だからとっさに私の服をつかんだんだ。

私は振り返らず必死に走った。
知らない、知らない、だってみさちゃんの足元なんて、私にはわからないもん。戻ろうよって言ったのに。

河原に戻ると私はさっき徹くんが石切りしてたあたりで、平たい石を一生懸命見つけては、川に投げた。見つけては投げ、見つけては投げをずっと繰り返していると、とうとう水を一度跳ねて、ぽちゃん、と川に落ちた。

私は段々おもしろくなり、石を見つけると溜めておいて、続けて何度も何度も力いっぱい投げた。すると、とうとう向こう岸まで跳ねて届いた。やったぁ、するとすずちゃんが「あかねちゃん、こんな所にいたんだ、ねえ、シロツメクサの首飾り作ろうよ」と言われてすずちゃんに教えてもらってきれいな首飾りが出来た。

辺りを見ると、女子は花飾りを、男子は川で遊んでいた。
私も手首にはめて、どう?とすずちゃんに言うと、あかねちゃんすごーい、と言われたので嬉しくて作ってあげた。

すると、大人に「おーい、そろそろ帰るからバスに乗ってー」と言われた。

男子はなかなか川から出なくて大人に怒られていた。おかしくてバスで隣通しに座って、すずちゃんと笑っていた。今日は本当に楽しかったな、少し疲れたけれど。

すると酒屋のおじさんがバスに乗ってきて、「みさちゃんがいないんだけど、誰か知らないかな?」と言った。
その瞬間、そうだ、みさちゃんの事忘れてた、とあらためてさっきの事を思い出しどうしよう、と心臓がすごい早さでどくんどくんといっている。
「一緒に遊んでいた人はいる?」と言われても、誰も何も言わなかった。

かおりちゃんが、一緒にシロツメクサで首飾りを作ったと言った以外は。

そして大人達は警察に電話をした。
大変な事になった。みんなざわざわしていた。こんな大騒ぎになるなんて、どうしよう、私捕まるのかな、そんなの嫌だよ。

警察官がたくさん来た。
パン屋のおばさんに付き添われ、女の警察官の人に、みんな一人ずつ聞かれた。
こわい。次は私の番だ。
パン屋のおばさんは「おばさんがついてるからだいじょうぶ」と言ってくれた。

パトカーの中で優しく聞かれた。
みさちゃんを見なかったか、一緒にいなかったか、と。
私はまきちゃんと川遊びをしたあと徹くんに教わり、できるまで石切りをして、その後すずちゃんとシロツメクサで首飾りや手首の飾りを作っていた、と言った。それはちゃんと言えた。だって本当にそれはしたから。

みんなの証言を照らし合わせ、私が川遊びをしたあと、徹くんから石切りを教わり、すずちゃんとシロツメクサで首飾りなどを作っていた事が証明された。誰も疑わなかった。

その後、何度も警察が調べたり、テレビや新聞にも取り上げられたけど、みさちゃんは見つからなかった。

その後、いろいろな事件や事故が毎日起き、みんなの頭から忘れ去られていった。

あれからもう二十年経つけれど、私はずっと怯えていた。みさちゃんに引っ張られた服を振り払った事が心に深い傷として刻まれた。
でも、誰にも言えない。だってこれは誰にも言えない私だけの秘密だから。




6/6/2023, 12:43:13 PM