おはよう、と微笑みながら彼女がこちらを見ている。彼女に朝の挨拶を返すと、彼女はふっと真顔になってシーツを被り、目元しか見えなくしてしまう。
「どうした」
何かやってしまったか、とは思うものの、心当たりはない。こちらはたった四文字のことばを発しただけなのだ。彼女とオレとは、定型文すら気軽に言えない仲ではなかったはずなのだが──。
「……どうしたってほどのことじゃないんだけど」
彼女はどこか決まりが悪そうな声色で、オレが彼女に何か悪いことをしたわけでは決してない、というようなことを柔らかく説明した後で、小さく零した。
「……なんか、そんな……昨日は何もなかったです、みたいな表情見たら、急にこっちが恥ずかしくなってきちゃって……」
具体的にそれはどんな表情か、と彼女に尋ねれば律儀な彼女は口元までシーツを下げ、考えながら口を開いた。
「……こう、淡々とした表情っていうか……とにかく、いつも通りなんだもん……朝、同じベッドで起きて、顔見て、どきどきしちゃったのは私だけみたいな気持ちになって……」
「そうか」
「そう」
ごめんね、とささやく彼女を抱き寄せる。
「確かにオレはお前と同じことは考えていなかった」
話を続けるものの、意識の大部分は吸い込むとどこか胸が高鳴る心持ちにさせられる彼女の髪の香りに占められる。
「……だが、今しばらくはこうして怠惰に過ごしたいと思ってはいる」
「……そうなの?」
「そうだ」
「じゃあ、もうちょっとだらだらしよっか」
「ああ」
それから、二人でシーツに包まりながら、他愛もない話をして過ごす。二人して空腹が限界になれば流石に動くだろうが、それはまだ先の話だ。
「髪、指でくるくるするの好きなの?」
「嫌か」
「ううん、いつもするな、って」
「指通りがいいから飽きがこない」
「そっか。ふふ……」
「そちらもよく頬を指でつついてくるが」
「柔らかくてクセになるんだもん」
「そうか……そうか?」
こうして、どことなく気怠げな朝の彼女を独占できる日々が続けばいい──ずっとこのまま。
1/13/2024, 4:36:43 AM