くまる

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俺の幼い頃の記憶のひとつに、両親と兄と一緒に行ったマジックショーの記憶がある。マジックショーは、今思えば、子供には難しい魔法を使っているだけで、設備(大量の水とか、燃えにくい舞台とか)さえ揃えば、大人には難しくない魔法ばかりだ。

「「すごーい!」」
「すごいね!」
「すごいな!」

魔力を持たずに産まれてきた兄も、魔法使いとして産まれてきた俺も、あの頃は、純粋に魔法を「凄いもの」として見ていた気がする。家に帰った俺は、さっそく、父に種を教えてもらい、小さな魔法を練習し出した。魔法の使えない兄は、とても優しくて、俺が拙いながらも魔法を披露すると、いつも、すごいすごいと褒めてくれた。

「家督を継ぐのは、兄では無く、お前だ。」

兄と同じ学校に行きたいと告げた時、父は険しい顔をして、そう言った。普通の人間である兄と、魔法使いとして家を継ぐべきお前は、同じ学校には通えないのだと。魔力のある子供は、16歳になる頃、魔法使いになるための学校に入るのが普通だ。ひと足先に16歳になって、地元の学校に通っている兄と同じ学校には通えないのだと知った時。かっこいい兄と同じかっこいい制服が着れないのだと分かった時。兄が居るのに、魔法使いというだけで、家を継ぐのが俺だと知った時。俺は、家を飛び出していた。
俺は、何日も家に帰らず、街や森をうろついていた。小さな頃から、兄に魔法を見せるのが好きで、簡単な魔法なら使えるようになっていたから、逆に帰らなくても大丈夫だった。随分、皮肉めいている。兄に褒められるから好きだった魔法が、俺から大好きな兄を遠ざけている。魔力なんて無ければいいのに。
数日後、俺の目の前に、父が現れた。魔法使いの父には、俺の居場所を特定する事など、簡単だったのだろう。走って逃げようかとも思ったけど、やめた。父の傍らには、兄が居たから。父は「二人揃って、今日中に帰るように」と言いつけると、兄を置いて消えた。

「ニシ。ごめんな。」
「なんで、兄ちゃんが謝るの?」
「お前、本当は違う学校に行きたいんだろ?」

俺は、兄と同じ学校に行きたいのだ。でも、本人には、気恥ずかしくて言い出せなかった。

「でも、俺は、お前は魔法学校に行くべきだと思うよ。」
「……なんで?」
「昔から、お前は魔法が好きだろ?俺も、魔法が使える弟が居て、すごく嬉しいんだ。」
「でも、魔法学校に行ったら、寮に入らなきゃならないんだ。兄ちゃんに会えなくなる。」
「長期休みには帰って来るだろ?大丈夫。お前なら、立派な魔法使いになれるさ。父さんだって越えられるよ。」

兄ちゃんは笑っていた。

「俺が魔法が使えないから、お前に無理をさせるな。ごめん。」
「兄ちゃんのせいじゃない!」

魔法が使えないのは、兄のせいじゃない。俺が同じ学校に通いたいと我儘を言ったせいで、兄に謝らせてしまった。それが悲しくて、そんな事をさせた自分が大っ嫌いで。泣き喚く俺の背中を、兄は黙ったまま優しく摩ってくれた。

「家に帰ろう。」
「うん。」

泣き止んだ俺と、手を繋いだ兄は、夕焼けの中を歩いて家に帰った。その日から、俺は兄と上手く話せなくなった。魔法学校に通い始めて、寮生活を始めて。兄とは、どんどん疎遠になってしまった。
そんな兄と元に戻れたのは、兄の結婚相手、義理の姉のおかげだ。義姉は、魔法使い。家は、兄と義姉が継ぐことになった。突然、将来が自由になった俺に、義姉と兄は言った。

「これからは、ニシの好きな人生を歩みなさい。」
「それから、また一緒に遊ぼう。今度は三人で。」

笑顔の二人を、俺は一生忘れない。
今度、また、実家に、森で採れた旬の果物を持って行く予定だ。義姉に兄の居る日を内緒で聞いて、何も知らない兄の前に瞬間移動する。兄は、毎回とても驚いて、ちょっと怒りながら、笑顔で俺を褒めてくれるのだ。あの頃のように。

3/26/2025, 8:05:04 AM