寺乃

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「今死ぬのは勿体ないよ」
一年前の七夕の日、彼はそう悲しそうに笑って、病院の屋上から飛び降りようとしていた私の手を引いた。

そんな彼は、想像以上のお人好しだった。あの日ほとんど初対面だったのに、毎日、毎日、私の病室に会いに来た。余命を宣告され、親は面会にも来てくれない。つまらない白黒の漫画のようだった日々に、疲弊し、もういっそ死んでしまおうと思っていた。そんな日々に、彼は色を足していった。彼のいる世界なら、もっと生きていたいと思えた。

奇跡的に、私の病気が完治した。奇跡のようだと主治医の先生は涙を流していた。彼は、誰よりも私の病気が治ったことを喜んでくれた。これから、私の人生はいい方に回っていくような気がした。


そんな時、彼が事故で死んだ。

七夕の日だった。

彼とずっと一緒にいれますように、なんて願った矢先、私の携帯に警察から連絡が入った。
子供を庇って死んだらしい。
彼らしい、といえば彼らしかった。

今死ぬのは勿体ない。そう言ったのは彼だったのに。私は彼の為に生きていたのに。私を助けたくせに、無責任にも程がある。でも、何を責めたって、後悔したって、彼は帰ってこない。そのむなしさに、心が押しつぶされそうだった。




今日、出会ってから5年目の七夕を迎える。

私は、病院の屋上にいた。
また屋上から飛び降りようとすれば、彼が止めてくれるような気がした。また、今死ぬのは勿体ないと笑ってくれる気がした。

でも、そんなに都合のいい事は起こらない。

手すりから手を離そうとした瞬間、頬になにか冷たいものが触れた。
雨が降り出したようだった。ぽつりぽつりと、私の頬を濡らしていく。
彼が降らせた雨だ、と瞬間的に思った。

そんなはずないのに。
分かっていても、涙が止まらなかった。

彼が居なくなった世界に、何の意味が持てなくなったとしたって、彼が救ってくれたこの命には、それだけで意味があるのに。

死ぬのは勿体ないと、あの時言ってくれたのに。
私はまた、自分の命を投げ出そうとしていた。
なんて馬鹿なことをしようとしていたのだろう、と我に返る。 これでは、彼に怒られてしまう。

彼にもう一度会った時、彼がまた笑ってくれるように、もう少しだけ生きようと思った。

雨はすぐに上がり、雲の隙間からは星が見えていた。




7/8/2025, 7:53:15 AM