"嵐が来ようとも"
CRからの帰り道、
「今日は急に呼び出したりして、本当に済まなかった。」
「もう良いっつってんだろ。全く…。」
と、治療が終わった後にもCRを後にする時も、帰路を歩くこの数分間ですら、もう何度目かの謝罪の言葉を「もういい」とこれも何度目か、若干鬱陶しく応える。
昼下がりの午後、空気を裂くようなけたたましい呼び出し音が俺の院内に響いた。その音の主は俺のスマホではなく、デスク横に置いていた俺のゲームスコープ。うちに来た患者のゲーム病が治り退院したため、新たな患者を受け入れる為の準備を整えていた時にゲームスコープの呼び出し音。慌ててゲームスコープを手に取り呼び出したのは誰かみると、ブレイブってだけで珍しいのにあのいつも冷静沈着なブレイブが慌てた様子の面持ちで何事かと思い聞いたら、どうやら向こうに運ばれて行った患者のバグスターが中々に手強く一旦退いて来たすぐ後らしい。更に聞くと、最初はエグゼイドだけで対処していたが、まともな防御すらするのが難しく自身が呼ばれ、それでも攻撃が出来る程には及ばずレーザーも呼ばれ、それでもあと一歩足りず、3人で防御しているので精一杯で攻撃の隙ができず苦戦していて、その苦戦を物語るようにエグゼイドとレーザーが横から出てきて俺にCRに来るよう必死に懇願してきた。3人と合流し、その肝心のバグスターを見てみると、近接武器だらけの3人では対処が難しいタイプの攻撃をして来るバグスターでガシャコンスパロウである程度距離を取りながら対応する事で何とか防御に余裕が生まれたが飛距離も威力も足りず、ドクターで唯一遠接武器を使う俺にヘルプを頼んだ、というところだった。実際俺が何度か攻撃の隙を作る事で攻撃が決まっていき、倒す事が出来た。その後は3人からの、聞き入れて来た事による礼と急な呼び出しをした事による謝罪の言葉の連続で──ゲームスコープを鳴らしたブレイブが1番鬱陶しかった。──適当にあしらいながらもCRを後にしたが、せめて送らせて欲しいと言われ、今に至る。
「仕方ねぇだろ、あんな攻撃パターンのヤツ。テメェらじゃ苦戦して当然だし。」
「しかし…。」
「もう良いっての、出る前から礼と謝罪の言葉でもう腹いっぱいなんだよ。流石にしつこい。それに、」
「それに?」
「それに…よ。…い、一応、テメェの…こ、コイビト…だし、恋人からの呼び出しだから別に、その…んなかしこまらなくていいつーか、なんつーか…。」
などと口ごもると、頭に疑問符を浮かばせながらも
「あ、あぁ…そうか。」
と、ブレイブもたどたどしい様子で応える。居たたまれなくなり視線を彷徨わせていると、少し頭痛がしだした上にさっきとは空気感が変わった気がして、空を見上げる。いつの間にか空が曇天になっていて、今にも雨が降りそうだ。
「今にも降り出しそうだな。」
そういえば今朝の天気予報で、昼過ぎに大雨が降ると言っていたのを思い出す。緊急招集だったために慌てていてその事がすっかり頭から抜け落ちていた。そのため普通の傘はおろか、折りたたみすら持っていない。
──クソ、完全にしくった…、どっか雨宿りできる場所…。
まだ小さな頭痛に耐えながら辺りを見回すと、数メートル離れた所にある公園の中に東屋(あずまや)──屋根付きのベンチ──があるのを見つけた。ブレイブも気付いたようで
「あそこで雨宿りするか。」
と、俺が提案を口にする前に提案してきた。同じ事を考えていたため「そうすっか。」と返事をして東屋へ走って屋根の下に入った。入ったのと同時に雨がポツポツ降り出し、次第にザーッという砂嵐のような音に変わる。
「あぶねぇ…。」
「ギリギリだったな。」
空を見上げると、灰色の雲が広範囲に広がっていた。
「こりゃ当分止まねぇな。」
「"遅れる"と連絡を入れないとな。」
「テメェなら迎えに来て貰えるだろ。」
「それはそうだが、たまには自然の摂理に従うのも良いだろう。」
そういうブレイブの横顔は、何だか一息ついたような顔だった。そういえば最近のコイツは、以前にも増して忙しそうだった。天才外科医としての腕を買ってやってくる患者が増えたのだろう。2人でいる時も何やら考え事をして上の空になっている時が度々あった。それはコイツの働く病院のOBとしては嬉しくもあり、ただ同時に、恋人としてはちょっと寂しくもあった。そんな事を思っていると、また頭痛がして顔を顰める。
「…そうかよ。」
そう一言応えるだけで。…というか、そう応える以外に良い応え方が見つからなかった。
「…。」
数秒お互い無言になって雨音を聞いていた。止めどなく降る雨の音を聞いていると、不意に思い付いた言葉が頭をよぎった。何だか、まるで…
「まるで俺たちだけ、世界から切り離されたみたい。」
ボソリ、と独り言を漏らす。とっさに"聞かれたら恥ずい"と思ったが、この雨音だ。聞こえやしない。と思ったがちゃんと聞こえていたようで。
「貴方と2人きりで、か…。悪くないな。」
フッと笑って言われた。恥ずかしくなって明後日の方向を向く。
「貴方はたまに、ポエムの様な事を言う。」
「…だから何だよ。」
「いや、馬鹿にしている訳では無い。…ただ、貴方の言葉選びは綺麗で美しくて、俺は好きだ。と、言いたかっただけだ。」
「ッ…!?」
思わずブレイブの方を向くと、目が合った。目が合った瞬間、ブレイブが優しく微笑む。美しく微笑む様に余計顔が熱くなる。けど、目が逸らせなくて目を合わせたまま、またお互い無言になる。数秒見つめ合っていると近付いてきて、顎をスルリと掬われた。
──…キスされる。
そう思い目を閉じると、やはり唇に柔らかく暖かな感触が伝わる。触れるだけだったのが、俺の唇に舌を捩じ込んで歯列をなぞり"開けろ"とアピールしてきた。咄嗟にブレイブの肩を掴み少し距離を取る。
「ば、かっ。ここ、外。」
「この大雨だ、誰も来やしない。それに、"俺たちだけ世界から切り離された"んだろ?なら、何しても問題は無い。」
そう言って、今度は顎を掴まれた。口が半開きの為、唇が触れるのと同時にブレイブの舌が俺の口腔内に侵入してきて、俺の舌に絡みつく。
「ん、ふぅ…ぅむ……はぁ、」
深いキスが長く続く。この大雨も、止むどころか弱まる気配がない。すると長時間にわたる深いキスからようやく解放され、ぷはっと声を漏らしながら大きく息を取り込むと、酸素を貪る様に呼吸をする。
「…どうだ?まだ、痛むか?」
と、俺の頭痛を心配してきた。
「はぁっはぁ、…お陰様でな。」
砂嵐の様な雨音はまだ弱まらない。いつもなら頭痛薬を飲んで憂鬱な気分に浸る。けれど、恋人と一緒に、大雨によって世界から切り離されたこの時間は先程まで感じていた頭痛など忘れ、いつまでも続けばいいと思った。そんな絵空事を考えながら雨音をBGMに再び舌を絡ませる。
7/29/2023, 11:38:44 AM