あにの川流れ

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 ちょっとブルー、……だいぶ憂鬱。
 昨日までは平気だった。けれど、積み重ねって侮れない。ちょっとずつ嫌が溜まっていって、ぜんぶが嫌! ってなる。
 今朝はきみがつくってくれたごはん。
 トースターでの焼き加減も分からなかったきみが、ちょっとずつ腕を上げていった、とってもすてきないっぴん。細かい野菜とウィンナー、ふわふわとろとろな卵のオムライス。ケチャップで日付を描く変な癖。
 いつもどおり、やさしいきみ。

 『ただいま人身事故のため、運転を見合わせております』

 なんて。
 せっかくきみが「きれいなものでも見に行きましょう」って連れ出してくれたのに。まわりからも不満な声。
 ぐらり、ぐらり。ぼく、いまとっても元気ないから、ぼーってしちゃう。
 ざわざわとした心地わるい喧噪の中で、なんだか知っているような声。思わず反応しちゃうような。けれど、ぼんやり。ずっとくぐもって聞こえるの。

 ぐいッ!――――腕を引かれて。
 引き戻されて。

 振り向いたらきみのお顔。どうしたの、何か、嫌なことでもあったの? って訊きたくなるくらい。お顔の色もよくない。ぼくよりきみのほうが、具合よくないのかも。
 だって、きみってば黙ってる。

 「……」
 「どうしたの?」
 「……おいしいお店でも、探しに行きましょう」

 どうしたんだろ。
 きれいなものは、いいのかな。
 歩くのが速い。ずっと腕を引っ張られて。そんなにおなか、空いてるのかな。あ、でも、いまお昼時だから混んでるかも。

 静かな店内。きれい目な内装。きらびやかな従業員の制服。
 でも――――

 「んぅ……」

 ぼく、たぶん、いま、とっても顰めっ面。もう一度運ばれてきた目の前のお料理を見て。
 オムライス。
 今朝もたべたのに、何だか目を惹いたから。
 きみを見れば、きみも。「ん、あまりおいしくないですね」って口許を覆った。やっぱり、ぼくの味覚がおかしくなったわけじゃなかった。
 このお店のオススメらしいハンバーグ定食。きみの評価は、ソースが濃くて肉も硬い。
 微妙なお店。

 ぼくのもそう。もそもそ。薄味だし、固焼き……どころかパサパサ。何とも言えない食感。中のご飯だって、水分が多くて。
 ……これなら、

 「……きみがつくったほうが、おいしい」

 ――――カシャッ!
 顔を上げたら、きみがスマホを構えてぼくに向けてた。

 「え」

 呆気にとられていれば、また、パシャッ! ってシャッター音。
 え、うそ。
 え、なんで?

 「え……い、いま、撮ったの……?」
 「ふふ、撮りました」
 「う、うそ! なんでっ」
 「こら、食事中ですよ。テーブルに乗り出さないで。あとで送って差し上げますから」
 「ちがう! 消して!」

 慌ててきみの席に移動して、スマホに手を伸ばす。けれど、いまのきみ、意地悪。さっさと鞄に入れて、しまっちゃうんだもん。
 いまのぼく、とってもよくないお顔。
 スマイルもないし、疲れてるし、……服はきみが選んだからきれいだけれど。あんまり残したくない。
 なのに。

 ふわ、って笑うきみ。
 口許を隠して。

 「わたくしの料理がおいしいと言ってくれたお顔が、あまりにも素直で。つい、残しておきたくなってしまって。ふふ、嬉しいですねぇ」
 「……ぼくはうれしくない」
 「そう言わないで」
 「……じゃあね、夜もきみのごはんがいい。つくって。ぼくをうれしい、ってさせて」
 「いいですよ。腕によりをかけましょう!」
 「……んふ、たのしみにしとく」

 ちょっとだけ、こころが、ほわぁってするの。きみのお顔を見てたら余計に。
 不思議なことにね。



#幸せとは



1/5/2023, 4:28:32 AM