〜 side A 〜
「来ちゃった」
玄関の前で笑うその人は、2年前に別れた元恋人だった。
「来ちゃった、っていうか、来ちゃダメでしょ」
「だって頼れる相手、他にいなかったんだもん」
「また喧嘩したの?」
「まあ、そんなところかな」
その人には、恋人がいた。
別れて1年と半年が経った頃に突然やってきて、僕じゃない新しい恋人との相談をしにやってきた。
その日から、何かあると僕の家に来るようになった。
「それ、飲むなら上がって」
「ありがと」
数本の缶チューハイとおつまみが入ったビニール袋を指すと、部屋に上がって2人で晩酌する。
ここまでが、いつもの流れ。
「そっちは、彼女さんと上手くやってる?」
「まあ、そっちみたいに喧嘩はしてないよ」
「そっか、いいな〜」
開けた缶を見つめて寂しげに笑う君。
新しい恋人が好きで仕方がないのだということは、今までの話を聞けば分かる事だった。
「彼女さんって、どんな人だったっけ?」
「綺麗な人だよ。月、みたいな。皆から大丈夫って思われがちな人なんだけど、本当は守ってあげないといけない人。」
「ベタ惚れじゃん」
どこを見渡しても、恋人がいる痕跡の無い部屋。
必死に作り出したのは君とは正反対の彼女像。
僕に恋人が居ないことは君にバレてはいけなかった。
だから、君に僕が君以外を好きだと思われてよかった。
僕は、君の相談をのる名目でしか君に会えないから。
〜 side B 〜
会う理由がなきゃ会えない関係性。
優しい貴方なら、受け入れてくれるという賭け。
ただ、そばに居たいだけだった。
別れて1年経った頃、コンビニで見かけた貴方は綺麗な女の人といた。私とは似ても似つかないその人と話す貴方の顔をみて、私は、会う口実を一生懸命探した。
「私も、喧嘩なんかしたくなかったんだけどな」
それは、私の本音だった。
小さい喧嘩の積み重ね、耐えきれなくなったのは私の方で、我儘すぎるくらい自分勝手な理由だった。
「喧嘩するのだってさ、2人にとっては大切なことだよ」
「ありがとう、彼女さんと幸せになってね。」
心から、貴方が幸せになれますように。
素直な貴方の本音と、嘘つきな私の本音だった。
〜 side C 〜
入社してきた彼を見て、時が止まった気がした。
一目惚れっていうものを、人生で初めて知った。
真面目に仕事をする姿も、笑った時に見える八重歯も、困った時に片方だけ下がる眉毛も好きだった。
だから、髪が短くて小柄な人を見かける度に視線を持っていかれているあなたを見て、大切な人がいることに気がついてしまった。
「大切な人って、どんな子?」
所詮は過去の人、勝てると思った。
でも、私の質問にふわっと優しく笑って、愛しそうな顔をする彼を見て、気づいてしまった。
「太陽みたいな人です。」
「太陽?」
「自分のことは自分で守れるような、強い人なんです。明るくて、ひたむきで、暖かくて、僕が居なくても大丈夫なんだなって、それでも守ってあげたいと思ってました。」
「その人のこと大好きなんだね」
私の想いがいつか消えて、心から応援できるようになった時、私は彼女に会ってみたいとそう思ってしまった。
《突然の君の訪問。》
8/28/2024, 1:10:16 PM