導(しるべ)

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「ちょっと、外の空気を吸ってきます」
そういう顔が随分思い詰めていたようだったから、緩く「はあい、いってらっしゃい」と答えて再びペンを手に取る。
「今は、ひとりで居たいから」と微かに聞こえたのは気のせいだろうか。
研究所に彼を引き取って正式に辞職してからはや二年。
二ヶ月に一度の経過観察報告書を書くことが私に義務付けられた。
最近の変化、という欄で手が止まり、そういえば何が変わったのだろうと考える。
半年頃のときには意志の主張ができるようになった、会話が可能になった、初めて人の作ったものを食べられるようになった等、他にも色々とあるのだけれど、最近は少しずつ変化が明確に見られるようになったことがある。
“ひとりになりたいという時間が増えた”
成長を感じて嬉しい反面、親離れをしているという寂しさもある。
しかし、そういうときは大抵体調不良や精神不調だということは私だけが知っている。
ひとりになりたいということが増えたのはいいことだと思うが、体調不良や精神不調の時は少しばかりこちらも頼ってくれると嬉しいと思う。
それを一度話して見たところ、「それは、ごめんなさい。でも、迷惑掛けると思うので。ほら、俺面倒くさいし」とはぐらかされてしまった。
本人がそう言うならこちらもできるだけ干渉はしないと決めたが、時偶こっそりと見に行くこともある。
そういうのだから過保護だと言われるのは分かっているが、何せ記憶喪失になるまえ、子供の時の彼を知っているからこそ、過保護にもなる。
「ひとりになりたいなら、直接言ってくれれば良いのに…あの子は遠回しなんだから」

7/31/2024, 10:56:11 AM