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♯はじめまして


 卓上ミラーに向かって化粧をする彼女を、おれは後ろから何となく眺めていた。
 鏡に映る顔がみるみる明るく華やいでいく。まるで魔法がかけられていくように。
 一週間に一度。彼女はだれかの彼女になる。
「なに? そんな珍しくもないでしょ?」
 彼女は手を止めて、鏡の中のおれにむっつりとした顔を向ける。
「相変わらずよく化けるなあと思ってさ」
「人を妖怪みたいに言わないで」
 眉を少し吊り上げてから、
「でも、あながち間違いじゃないかもね」
 女にとって化粧は変身魔法なんだから。
 彼女は取り澄ますようにそう言った。
 身に沁みてるよとおれは苦笑いする。彼女が変身するところを飽きるくらい見てきたのだから。
「で? 今日はどんな子?」
「『パパ大好きっ子なアイドル志望の女子高生』
「ピンポイントだな」
「直々のご希望なの」
「名前は?」
「ミユキ」
 はじめましてミユキちゃんとからかったら、彼女は少し考える素振りを見せた後、何も聞こえなかったかのように再び手を動かした。

4/2/2025, 6:10:26 AM