ななせ

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人にはにおいがあるでせう
かほりと云ったが正しいですが
十人十色とおんなじことで、においも様様あるのですけれど
みなさん暖かうございます
お向いの奥さんは白粉のにおい
隣の赤ン坊はバタのにおい
錦田さんのお嬢さんはヴァニラのにおい
ええ様様です
様様なのですけれども、みんな暖かいにおいです
人の温もり感ぜられます
けれどあの子はちがいますね
ほかとちがって涼しいにおい
ほのかに甘いシャボンのにおい
さう、恰度、夏の河に似てをります
プウルに飛び込んだ時に似てをります
なにやら、ツキンといたします
鼻を刺しまではしませんでせうが、
眼も耳も体のどこだって、傷付けられもしないのですが
ではなぜツキンとするのでせう
どこも傷付けられはしないのに
ああそれは、やはり心を突かれているのですよ。
心の臓と脳みそとを、貫かれているのですよ。
貫かれているから、こんなに痛むのですか。こんなに痛むのは、なにで貫いたからですか
サイダアですか、清流ですか、
いいえ、いいえ。
ではなんです
真逆、海と空をひとり行くうみねこの、だれも聞かないかなしいうた
海の底のくらげには判らぬ、うみねこの唄でもあるまいに───
おや、あの子はどこですか、
あんなに私を惑わせた子は、どこにいるのですか
あの雲に、隠れているのですか
それとも、それとも……
いいえ、いいえ。
シャボンのにおいのする子は、
この世のものではないのです
この世のものではありませんから、
消えてゆくしかないのです
シャボンのように
消えてゆくのです


お題『突然の別れ』

5/19/2024, 10:40:33 PM