〝彼は泣かない〟
なぜそんな事を思ったのだろう。
泣いたことの無い人間なんて、いない筈なのに。
どんな人間でも子供だった頃はあって、記憶は無くとも確かに泣いている筈なのに。
「涙なんてとうの昔に枯れ果てた」
その言葉の裏にある絶望と寂寥を、私は気付けた筈なのに。
あの時。
あの人を救いたいと思ったのと同じように。
彼の渇いた心を、彼の憎悪の底にあるものを、私だけは気付くべきだった。
◆◆◆
〝あの男は泣かない〟
なぜそう思ったのか。
泣くほどの挫折も、苦悩も、あの男は乗り越えるだけの強さを持っている筈だった。
「勝手に出てきてしまったんだ」
その言葉にあるのは、私には無い感情を持て余す強がりだったと、今なら分かる。
あの時。
もっと話をしたいと言ったあの男の言葉を。
あの男の誠実を、あの一瞬だけでも信じるべきだった。
◆◆◆
「あなたが泣くなんて」
「お前が泣くとはな」
泣かない強さも、泣けない弱さも、表裏一体のものなのだと気付いたのは、何度も何度も出会いと別れを繰り返した果ての、互いの涙を初めて見た時のことだった。
END
「涙」
3/29/2025, 11:25:29 PM