最後の声
妻が言葉を話さなくなって二十年になる。
私が最後に聞いた彼女の声は
「大丈夫、神さまと約束したから」
だった。
当時私たちの幼い息子は重篤な病に苦しんでいた。
医者が首を傾げるような、奇跡的な回復を遂げたのはその直後。健康に立派に育った息子が、独立して家を出たのは先日のことだ。
「なぁ、お前」
私は、湯呑みを手で包むようにして茶を飲んでいる妻に話しかけた。
「あの時、神さまとどんな約束をしたんだい?」
二十年繰り返したこの問いに、妻は穏やかに笑うだけでやはり何も言わない。
6/27/2025, 2:12:21 AM