sairo

Open App

「お誕生日、おめでと」

控えめに微笑んで、彼は小さな包みを差し出した。
黄金色のふさふさとしたしっぽが、ゆらゆらと揺れている。期待に煌めく瞳が、包みを受け取られるのを待っている。
それだけで、まだ受け取っていないというのに嬉しくなってしまった。

「ありがとう。嬉しい」
「ほんと!?喜んでもらえてよかった」

にぱっ、とお日様みたいな笑顔で、彼は激しくしっぽを振る。感情が抑えきれなくなったのか、わたしの周りをくるくると回り出すのを笑いながら眺め、そっと受け取った包みを指先で撫でた。
小さな包みだ。可愛らしい花柄のちりめんで出来た包み。

「開けてみてもいい?」
「いいよ!開けて開けて」

ぴょこ、と茶色の癖毛の間から黄金色の耳を出し、彼は言う。二本足で歩き回っていたのが、段々と四本足で駆けだして。可愛らしかった男の子の顔が、格好いい狐の顔に変わっていく。
完全に元の狐に戻った彼の前で、包みの紐を解いた。

「――わぁ。きれい」
「それね。ボクが作ったんだよ。絶対、似合うと思ったの」

包みの中に入っていたのは、桜の花びらを模った髪飾り。白に近い薄桃色が光を反射して、とても綺麗だった。

「これ、ガラス?」
「そう!火を出してね。えいやっ、てしてね、作ったの」

肝心のえいやの部分は全く分からなかったけれど、彼の気持ちが嬉しくて、髪飾りを抱きしめありがとう、とお礼を言う。大切な友達にもらう贈り物ほど嬉しいものはないな、とふわふわとした気持ちで笑った。

「つけてあげるよ。座って」

促されて座り、髪飾りを人の姿になった彼に手渡す。

「じっとしててね」

そう言って、彼は真剣な顔をして、わたしの髪に触れる。可愛い男の子の格好いい表情に驚いて、とくん、と心臓が大きく跳ねた。
顔が熱い。俯いてしまいたいのに、じっとしてと言われた以上動けなくて、益々熱が上がっていく。

「はい、出来た。可愛いね。よく似合うよ」
「――っ、あ、りがと」

彼の笑顔がまともに見れない。ちょっと前までは、大切な友達だと思っていたはずなのに。
これじゃあ、まるで。

――彼の事が好き。みたいではないか。


「もうすぐ春が来るね。緑が芽吹いて蕾になって、花が咲く。そうしたら、一緒に花見に行こうか」

わたしの気持ちにお構いなしに、彼は太陽のように笑う。
楽しみで仕方がないと、しっぽを揺らし。絶対行こう、と顔を覗き込んで念を押される。

「分かった。分かったから。ねぇ、ちょっと離れてよ」
「なんで?いつもと変わらないじゃん。ねぇ、どうして?」
「ち、近い、から。とにかく、離れてっ」

小首を傾げる彼の顔を押しのける。悪気はないのだろうけれど、だからこそ余計に質が悪い。

「いいじゃん。いつもと一緒。変わらないでしょ」

ずきり、と胸が痛みを訴える。心臓が動きすぎて、どこかにぶつけてしまったのだろう。
きっとそうだ。変わらない、という言葉のせいではない。
彼のせいでは決してない。
そう言い聞かせる。痛みに泣きそうになるのを、唇を噛んで必死に耐えた。

「――ごめん。もう帰る。髪飾り、ありがとうね」

無理矢理笑みを浮かべてみせて、彼の横を通り過ぎる。
家に帰るまでの辛抱だと。逸る足は、けれど彼の手に腕を掴まれた事で止まった。

「ちょっと、離して」
「だぁめ。もうちょっとで芽吹きそうなんだから」
「なに、言って」

芽吹く意味が分からず、手を振りほどく事も忘れて彼を見る。
あ、と小さく声を上げた彼は、少し恥ずかしそうな顔をする。やっちゃった、と小さく呟いて首を振ると、何かが吹っ切れたように笑みを浮かべた。
太陽のような暖かな笑顔ではない。にやり、と意地の悪そうな顔だ。
鼓動が速くなる。軽やかに踊り出し始める。

「そろそろボクの事、意識してくれたでしょ」
「意識って、そんなこと」
「そんなことあるよ。だってずっと待ってたんだから。友達という種を撒いて。大好きって気持ちのお水をあげて、ようやく芽が出たんだよ」

何を言っているんだろうか。
彼とは友達で。大好きは友達としての大好きって意味のはずで。

「狐はね、頭がいいんだよ。狙った獲物は逃がさないの。だからね、狐のボクに好かれちゃったらもう逃げられないの」

にやにやと彼は笑う。その笑顔にすらどきどきしながら視線を彷徨わせていると、不意に気づく。
彼の耳もしっぽも垂れてしまっている。とても不安そうだった。

「あの、ね。取りあえず、手を離してくれる?」
「やだ。逃がさないって言ったでしょ」
「逃げないから。信じてよ、お願い」

彼の目を真っ直ぐに見る。恥ずかしいし、心臓は煩くなるし。何だかぐちゃぐちゃだけれども、それを耐えて掴まれていない方の手で彼の腕に触れた。

「――分かった」

眉を下げて彼は手を離す。ごめん、と小さく謝る彼の耳としっぽはすっかりしょげてしまっていた。
離れた彼の手を、今度はわたしが握る。驚く彼を、きっと睨み付けて、深く息を吸い込んで心のままに叫んだ。

「芽吹いたとか、逃がさないとか。そんな言葉で誤魔化さないでよ!ちゃんと、はっきり、言葉にして!言葉で伝えて、わたしをきれいに花咲かせてよっ!」

肩で息をする。自覚したばかりの――芽吹いたばかりの気持ちと今までの気持ちが混じり合ってくらくらする。
もう涙目だ。滲む視界の先で、彼がえ、だの、その。だのと混乱している様子が見えた。
彼の顔が赤くなる。
握った手を強く引かれて彼の方へと倒れ込み、そのまま強く抱きしめられた。

「キミの事が好きです!友達じゃなくて、恋人になってください!」

わたしにも負けないくらいの声で彼は叫ぶ。
耳が痛くなるほどの声量が、何故だか嬉しくてたまらない。
「喜んで!わたしの恋狐になってください!」

負けじと声を張り上げる。
彼を好きと自覚してから、あっという間の出来事ではあったが、彼のしっぽが元気よく振られているのを見れば、まあいいかという気持ちになってしまう。

くすくすと笑う。
爽やかな風の吹き抜ける青空の下。互いに抱き合いながら、しばらく笑い続けていた。



20250301 『芽吹きのとき』

3/1/2025, 2:14:43 PM