すゞめ

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 デートを終えて少し強引ではあったが、彼女を俺の家に連れ込んだ。
 何度か招いていることもあってか、寝支度をすませているにもかかわらず、彼女から緊張感は伝わってこない。
 それどころか寝室のベッドに腰をかけ、ご機嫌に肩を揺らし、ハミングで季節外れの曲を歌っていた。

「ご機嫌ですね?」
「?」

 ベッドの端でぷらぷらと揺れていた膝が止まった。
 画面に釘づけになっていた大きな瑠璃色の瞳が、不思議そうに俺に向けられる。

「なんで?」

 こんなにもかわいい鼻歌を歌っておいて「なんで?」とくるか。
 無意識だったのだろうか。
 だとしたらかわいい。

 いや待て!?

 無意識ということは、いつでもどこでも誰の前でもやっている可能性があるということかっ!?

「それ。かわいいけどかわいすぎるからそのかわいさはお外では厳重にしまっておくと約束してくれませんか?」
「ごめん、言いたいことが一個もわかんない」

 眉を寄せてあきれ果ててため息までついた彼女に対して、俺は鼻を鳴らした。

「にぶちんですもんね」
「は? 今のはそっちの言葉のチョイスがおかしいせいだろ」

 カチン。
 彼女のぷんすこスイッチが一段階上がる。

 とはいえ、今日はずいぶんとご機嫌だから2、3段階程度不機嫌のスイッチを押したところで、どうにでも取り繕える気がした。

「かわいい子がかわいい歌を歌う姿って、本当にただただかわいいだけだよなって言ったんです」
「それはそう! 変な衣装もかわいく着こなすビジュつよつよすぎる。本当にかわいい!」

 嬉々として彼女は携帯電話の画面を俺に向けた。
 画面に映る女性は、アイドルらしくあざとく派手な衣装や髪の毛を靡かせて笑顔を振りまき踊っている。

 なるほど。

 彼女の好みの女性像をインプットした。
 そのうえで俺はため息をつく。

「やっぱりにぶちんじゃないですか」
「え?」
「俺が言ってるのは、みんなのアイドルではなく、俺の大好きなあなたのことですよ♡」

 ぱちくりと、無言で瞬きを数回繰り返したあと、彼女はせきを切ったように声を荒げた。

「はあっ!?」
「どんなユニフォームも着こなして? コートに立てばみんなを釘づけにして? 華麗なテクニックで相手を圧倒させて?」

 思い返すだけで感嘆の息が溢れるのを止められない。
 恍惚とした心地で俺は彼女に彼女の魅力を語り続けた。

「外では目が焼けるくらいギラギラと闘争心を剥き出しにしているのに、プライベートではこんなまろやかでほわほわとした光を放って俺を夢中にさせるなんて」

 彼女の前で両膝をつき、携帯電話を持つ小さな両手を包みこむ。

「そんな女性、あなた以外にいるわけないじゃないですか♡」
「そ、そんな話……は、してなかった……」

 我を忘れてつい熱く語ってしまったせいか、彼女がちょっと照れてしまった。

 やっぱり誰よりもかわいいではないか。

「あなたがかわいいって話でしたよね?」
「違うがっ!?」

 照れすぎてムキになった彼女が、身を乗り出して、キャンキャンと吠え立ててくる。

「なんでそんなご機嫌なんだ、みたいな話だった!」
「そうでしたか。では、俺の目の前で無防備に音が外れた下手くそでかわいい鼻歌を聞かせてくれるような『ご機嫌な理由』ってなんですか?」
「外れてない!」
「いえ、外れてましたよ。リズムも……ぷっ」
「うそぉっ!?」

 信じられないと頬を赤く染めるが、気が抜けていたせいもあるだろう。
 本当に音もリズムもガッツリ外れていた。

 今度、カラオケでも連れていってみようかな。

 思い返せば、彼女の歌声を聞いたことがなかった。
 少し広めの部屋を取って、照明を調整して明るくすれば30分くらいならつき合ってくれるかもしれない。

 脳内で彼女に歌ってほしい曲をリストアップしていたら、いつの間にか彼女のぷんすこ度数が上がっていた。

「むう」
「そんなむくれなくても」

 ごめんなさいと、謝る代わりにキスを落とした。
 頭頂部に、額に、瞼に、鼻先にチュッチュッとキスを楽しんでいると、彼女が不満気に顔を背ける。

「ちゃんとキスしてくれないなら、もう、帰る……」

 んんんんんんんっ!?
 な、んっっだそれはっ!!??
 かわいいなっ!?
 知ってたがっ!?

 微妙に引用する歌詞が違っている気がするが、ストレートに欲求をぶつけてくるところは100点満点である。

「なーんて……」

 ごまかすようにわざとらしくチラッ、なんて目配せする彼女に、ハナマルもたくさん追加した。
 どんなアイドルよりもきらめく彼女に、俺は眩しくて顔面を覆う。
 しかし、悶えている場合ではなかった。

「し、……しない?」

 彼女が容赦なく俺の服を引っ張りながら、理性を剥がしにかかってくる。

「しますがっ!?」

 そもそもこんな時間になるまで連れ回したのに、今さら帰すわけないが!?

 ぷくぷくと羞恥を頬につめ始める彼女の期待に応えるため、その細い背中をベッドの上に押し倒した。


『LaLaLa GoodBye』

10/14/2025, 4:08:36 AM