蝉助

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「オオトリさあん、灼熱地獄からまた工事の依頼来てますよぉ。」
「はあ?クラゲのやつ、手抜きしやがったな。」
まったく梅雨はこれだから、オオトリはため息をついた。
仕事が多いのは嬉しい限りだが、同じ場所からこう何度も依頼されると創業650周年を迎えたカムラ工務店の名が泣いてしまう。
重い腰を上げてオオトリは手入れしたばかりの工具箱を片手に取った。
「コジカ、仕事だぞ。」
「おいっす。」
2人は事務所を出て灼熱地獄へと続く通路を渡った。
地獄整備。
それは地獄が形を成した時からある重要な仕事だ。
特にここ100年では地獄の先々で業務の効率化が図られ、需要が急増している。
針山地獄のメンテ、血の池地獄の温度管理、その他諸々。
不具合があればとりあえず工務店へ、獄卒なら誰もが知っている合言葉のようなもの。
そしてこの梅雨の時期に多いのは、天井の雨漏り。
空のない地獄に基本雨は降らないのだが、天国の雨量が多いと下のこちらへと水が漏れ出してしまうことがある。
厄介なものだ。
あちらの雨とはいわゆる恵みを象徴し、一滴だとしても触れさえすれば極上の快楽を感じてしまう。
罰を受ける罪人にとってあってはならないことだろう。
そんな訳で天井の雨漏りを修復するのも、地獄整備業の重要な仕事の1つだった。
「はやく梅雨とか終わらねぇかな……。」
「えー、俺はこの時期結構好きっすよぉ。じめじめしてるとテンション上がるじゃないですか。」
「俺はもうそういう機微に感情を上下させる年じゃないんだよ。」
コジカはそう言ってカラカラと笑った。
彼はカムラ工務店の新人業務員だ。
少し前まではオオトリ1人で切り盛りしていたが、需要に呼応して仕事が格段に増えたことで新しく人手を雇うほかなかった。
若くケアレスミスの多さは気になるものの吸収力は高く愛想がいい。
同時期に雇ったクラゲも彼の快活さを見習ってほしい、とは常々思っている。
「」


〈オオトリ〉
カムラ工務店の店長。祖父の時代から続く老舗の工務店を引き継いでおり、その技術は地獄でもトップクラス。それでも最近まで1人で店を切り盛りしていたのは人付き合いが下手だから。完全な職人気質で自分の世界に入り込みやすく、あまり教えることが上手くない。

〈コジカ〉
カムラ工務店の業務員。実家が新しい地獄整備の会社で老舗のカムラ工務店から技術を盗むためにやってきた。なおこのことは全てオオトリにバレている。溌剌とした若者らしい若者で様々なものに目移りしやすい。根本的に少し抜けているが物事を論理で判断する冷静さを併せ持ち、多くの場合根拠に基づいて行動できる。

〈クラゲ〉
カムラ工務店の業務員。よく手抜きするので怒られる。

6/1/2024, 10:52:52 AM