シオン

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「秘密ってある?」
 演奏を終え、彼女から拍手を貰ったあとに、突然言われた。
「⋯⋯秘密?」
「うん。誰かに言ったことない、何なら誰にも言えない秘密」
「⋯⋯言ったことないものはないけど、言えないものは無いよ」
「ないの?」
 意外、なんて言いそうなトーンで彼女が問うてきたが、もちろんない。
 誰にも『言えない』なんて、そんな罪深いことをしたような覚えはないのだ。
「逆にその反応だときみはあるのかい?」
「うん、あるよ。誰にも言えない秘密」
 ⋯⋯あるのか。でも、誰にも言えないんだから、それを確認する術はない。どんなものか、なんていうことさえも聞けない。なんだか見えないものを見せると言われたような、その秘密自体がシュレディンガーの猫のようなものに見えてきた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯そうかい」
 追求はできないことをよく分かった僕はそう流した。彼女は笑った。
「興味ないのかって感じの返事だけど、さては諦めたな?」
「そうだよ。誰にも言えない秘密、それは僕にも知る権利がないからね」
「まぁそーだね」
 そうなら話を広げるな、などと言うつもりはないけれど。文句の代わりに僕は疑問を口にした。
「⋯⋯⋯⋯急に話題にしたのはどうしてだい」
「なんかね、そういうことを急に考えついたから」
「それは、僕の演奏を聴いてて?」
「うん、そう」
 そんなことを思いつくようなほど、秘密があるように聴こえる曲だっただろうか。わりと明るめのテンポと音で楽しげに聴こえるような曲にしたつもりだったのに。
「なんかね、ボクにはたくさん持ってる秘密を誰にも明かさないように頑張って隠して取り繕ってるように聴こえちゃったんだ」
「なるほど」
「だから、作った演奏者くんが何か誰にも言えない秘密、持ってるのかなって」
「⋯⋯ないよ。本当にね」
 確かにない。『誰にも言えない秘密』は。
 ただ『権力者には言いたくない秘密』ならある。
 僕はきみのことが好きだとか、どんな手を使っても自分のものにしたいと考えているとか。そんなことを口に出したらきっときみを警戒させてしまうから。
 だからきみには言えない秘密を悟られないようにしてるのがバレてしまったのかも、しれないね。

6/5/2024, 1:55:48 PM