「間宮くん、大丈夫?……」
声をかけられて、俺は机に伏せていた身を起こした。がばっと。
「新田さん」
委員長が眉をひそめて俺を覗き込んでいる。幾分、心配そうに。
「あ、ああ。俺、うたたねしてた?」
やべ。なんか、ぼうっと頭が重い。なのに汗ばんで、気分が悪い。
俺は制服の襟元を知らず、緩める。ネクタイが、苦しい。
「顔色、悪いわ。保健室に行った方がよくない?」
「そうかな。いや、大丈夫。ちょっと熱っぽいだけだよ」
俺は前髪を掻き上げた。突っ伏していたから、でこに変な痕とかついていないといい。けど。
新田さんはなお、表情を強張らせたまま「熱」と言った。
「うん。風邪かな」
「……それって。その、薄着したせいじゃないかしら。こないだ。ブレザーだけで帰ったでしょう」
新田さんが切り出しにくそうに話し出す。俺はそれが、「あの日」だということを悟る。
忘れたセーターを取りに戻った、放課後のこと。ここで俺は新田さん――委員長に会った。
一人残っていた彼女は、この教室で、俺の。
「あの、ーー今更だけど私、あなたに謝らないといけないことがあって」
そこで意を決した様子で新田さんがぐ、と身を乗り出した。
お。
「私、間宮くんのセーター、持って帰ってしまって。ずっと言い出せなくて。返そうと思ってたんだけど、タイミングが……」
これ、と言ってバッグからファッションブランドの可愛い袋を取り出す。
「ごめんなさい、黙って持ってて。風邪を引かせてしまって、本当にごめんなさい」
深々と頭を下げる。
俺は反射で突き出された袋を受け取り、中を見ると俺の学校指定のベージュのセーターが入っていた。
きちんとクリーニングされているようだった。きっちり畳んである。
「いや風邪は新田さんのせいじゃないし。でも、そっか、新田さんが持っててくれたんだ。よかった。見当たらないなと思ってて」
こうやって出てきたんならいいいよ、と笑って見せた。うまく誤魔化せたらいい。俺があの時見たことを、新田さんが気づかないといい。
なのに馬鹿正直に新田さんは続けた。
「私、き、着ちゃったけど、しっかりお洗濯したから汚くないよ。気持ち悪くないから」
「気持ち悪いとか、そんなこと思うわけないでしょ」
「そ、そう?」
「当たり前。ーーてか、き、着たの。これ。俺の」
スルーしようと思ってなのに、なんで言うんだよー。俺は内心トホホだった。言われたら、訊くしかないじゃないか。
俺が突っ込むと、新田さんはう、うんと詰まった。
「な……何でか、訊いていい?かなあ」
「……」
新田さんは真っ赤になって俯いた。それは、と蚊の鳴くような声で呟いた。
「き、着てみたかった、から……」
「~~」
も、だめ。もう限界。俺は緩む口もとを手で押さえる。新田さん、これってもう既に恋の告白だよ? 気づいてる?
優秀な君なら、分かってるんだよね。俺はじりじりと首周りの熱が上がる心地がした。
あついーー顔がぼおぼおする。これは風邪のせいか、それとも、恋の微熱のせいか。
俺はぐらっと視界が揺らいでまた机に撃沈した。
「ま、間宮くん? しっかりして」
新田さんの慌てる声が遠くに聞こえる。そのまま俺は保健室に担ぎ込まれ、有無を言わさず病院送りとなった。
#微熱
「セーター2」
11/26/2024, 7:19:38 PM