「ねえ、やっぱり帰ろうよ」
「少しだけなら大丈夫だって」
震えるシークの手を、
ハイドがぐいっと引いた。
活発で明るいハイドと、
大人しく内気なシーク。
二人はきょうだいで、正反対の性格ながら
仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。
ハイドには、前々から気になる場所があった。
森の奥にひっそりと佇む廃墟。
大人から「決して近づいてはならない」と
言われていたが、ハイドの好奇心は
抑えられなかった。
あの建物は一体いつからあそこにあるのだろう?
──そして、あの日が訪れた。
廃墟を訪れた二人。
建物から出る時に、
シークの姿が消えていたのだ。
大人たちは懸命に捜索しだが、どこにもいない。
ハイドは怖くなり、自分だけ帰ってきて
しまったことを言い出せなかった。
そして数日後──。
シークはひょっこりと帰ってきた。
両親は涙を流して喜んだ。
「どこにいたの?」と問い詰めると、森で迷い、
農家の納屋で過ごしていたとシークは答える。
誰もが胸を撫でおろした。
……ただ一人、ハイドを除いて。
──違う。これはシークじゃない。
濡羽色の髪も、菫色の瞳も、確かに
シークのものなのに、何かが違う。
ハイドは両親に訴えたが、
「どうかしている」と疑われる始末。
それから数年が経ち、シークはすっかり
元の生活に戻り、家族は何事もなかった
かのように暮らしていた。
しかし、ハイドの胸の中にはずっと
違和感がこびりついたままだった。
──だから今日、もう一度あの場所へ
向かうことにした。
◆
森の奥の廃墟。
久しぶりに訪れたそこは、
相変わらず静まり返っていた。
ひび割れた床からは雑草が生い茂り、
崩れかけた窓から柔らかな陽光が差し込む。
風が草木を揺らす音と、
遠くで鳴く鳥の声が聞こえてくるだけ。
ここにいる。
ハイドは確信していた。
ひんやりとした空気が辺りに漂い、
昼間なのにどこか薄気味悪かった。
ふいに──。
視線の端を、黒い影が横切る。
「シーク?」
ハイドは無意識に後を追った。
だが、影はすぐに消え、目の前には
行き止まりの壁があるだけだった。
──気のせいか?
ヒタ……ヒタ……。
何かの足音が近づいてくる。
ハイドの心臓が跳ね上がった。
とっさに近くのロッカーの中へ身を潜める。
(ポマード、ポマード、ポマード……!)
古い魔除けのまじないを心の中で
何度も唱えるハイド。
足音はロッカーの前で止まった。
そして──ゆっくりと
ロッカーの扉が開かれる。
◆
「ハイド、起きて」
誰かがハイドの肩を揺さぶる。
──まばたきをした。
視界がぼやける中、
見覚えのある顔が目に映る。
「……シーク?」
「やっぱりここにいた。母さんも父さんも
心配してるよ」
ハイドは、いつの間にか
気を失っていたらしい。
気づけば、一日が経過していた。
シークはハイドの手を引き、立たせる。
二人は視線を交えた。
「本当に……シーク?」
「何言ってるの? 変なハイド」
昔と変わらぬ、穏やかな菫色の瞳。
けれど、その手は氷のように冷たかった。
◆
森を抜け、近くに停めていた
車へ乗り込む二人。
助手席に座るハイドの横で、
シークがふとこんな事を口にした。
「ねえ、お祈りって意味ないんだってさ」
「は?」
シークがハイドの耳元に唇を寄せる。
「ポマード、ポマード、ポマードってね」
お題「君を探して」
3/14/2025, 5:00:17 PM