おへやぐらし

Open App

「ねえ、やっぱり帰ろうよ」
「少しだけなら大丈夫だって」

震えるシークの手を、
ハイドがぐいっと引いた。

活発で明るいハイドと、
大人しく内気なシーク。
二人はきょうだいで、正反対の性格ながら
仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。

ハイドには、前々から気になる場所があった。
森の奥にひっそりと佇む廃墟。

大人から「決して近づいてはならない」と
言われていたが、ハイドの好奇心は
抑えられなかった。
あの建物は一体いつからあそこにあるのだろう?

──そして、あの日が訪れた。

廃墟を訪れた二人。
建物から出る時に、
シークの姿が消えていたのだ。

大人たちは懸命に捜索しだが、どこにもいない。
ハイドは怖くなり、自分だけ帰ってきて
しまったことを言い出せなかった。

そして数日後──。
シークはひょっこりと帰ってきた。

両親は涙を流して喜んだ。
「どこにいたの?」と問い詰めると、森で迷い、
農家の納屋で過ごしていたとシークは答える。

誰もが胸を撫でおろした。

……ただ一人、ハイドを除いて。

──違う。これはシークじゃない。

濡羽色の髪も、菫色の瞳も、確かに
シークのものなのに、何かが違う。

ハイドは両親に訴えたが、
「どうかしている」と疑われる始末。

それから数年が経ち、シークはすっかり
元の生活に戻り、家族は何事もなかった
かのように暮らしていた。

しかし、ハイドの胸の中にはずっと
違和感がこびりついたままだった。

──だから今日、もう一度あの場所へ
向かうことにした。



森の奥の廃墟。
久しぶりに訪れたそこは、
相変わらず静まり返っていた。

ひび割れた床からは雑草が生い茂り、
崩れかけた窓から柔らかな陽光が差し込む。
風が草木を揺らす音と、
遠くで鳴く鳥の声が聞こえてくるだけ。

ここにいる。

ハイドは確信していた。

ひんやりとした空気が辺りに漂い、
昼間なのにどこか薄気味悪かった。

ふいに──。

視線の端を、黒い影が横切る。

「シーク?」

ハイドは無意識に後を追った。
だが、影はすぐに消え、目の前には
行き止まりの壁があるだけだった。

──気のせいか?

ヒタ……ヒタ……。

何かの足音が近づいてくる。

ハイドの心臓が跳ね上がった。
とっさに近くのロッカーの中へ身を潜める。

(ポマード、ポマード、ポマード……!)

古い魔除けのまじないを心の中で
何度も唱えるハイド。

足音はロッカーの前で止まった。

そして──ゆっくりと
ロッカーの扉が開かれる。



「ハイド、起きて」

誰かがハイドの肩を揺さぶる。

──まばたきをした。

視界がぼやける中、
見覚えのある顔が目に映る。

「……シーク?」

「やっぱりここにいた。母さんも父さんも
心配してるよ」

ハイドは、いつの間にか
気を失っていたらしい。
気づけば、一日が経過していた。

シークはハイドの手を引き、立たせる。
二人は視線を交えた。

「本当に……シーク?」

「何言ってるの? 変なハイド」

昔と変わらぬ、穏やかな菫色の瞳。
けれど、その手は氷のように冷たかった。



森を抜け、近くに停めていた
車へ乗り込む二人。

助手席に座るハイドの横で、
シークがふとこんな事を口にした。

「ねえ、お祈りって意味ないんだってさ」

「は?」

シークがハイドの耳元に唇を寄せる。

「ポマード、ポマード、ポマードってね」


お題「君を探して」

3/14/2025, 5:00:17 PM