氷室凛

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「きみは過去にとらわれすぎているんじゃないかい?」

 イルの話を一通り聞き終えたアルコルはそう言って両手で持った白湯を静かにすすった。
 イルはほとんど反射で睨みつける。

「ア? 全部忘れろってのか? 魔人に村をぶち壊されたことも、両親もダチもみんないっぺんに殺されちまったことも、忘れて生きていけってか? ざけンじゃねェ」

 手元のホットミルクが跳ねる。アルコルはそんな彼の姿に意味ありげに目を細めた。

「忘れろ、までは言わないけどさぁ。きみの頭の中にはそのことしかないじゃないか。後ろ向きに歩いてるようなもんだ。立ち止まっていい、振り返っていい、時に泣いて喚いたっていい。それでも最後は、前に向かって歩き出さなきゃあいけないよ」
「……のために魔王を倒すっつってンだ」
「あはぁ、それを後ろ向きに歩いてるって言ってるんだ。そんなのただの復讐だろう? 復讐するのは勝手だけど、相手は選んだ方がいい。それとも死に場所を探しているのかい? ──なら、おれが殺してあげようか」

 真っ青な瞳が怪しく光る。イルはその視線を真っ直ぐに受け止めた。
 数秒の睨み合いの末、「あはぁ、冗談だ」とアルコルはまた白湯をすすった。

「けど、身の振り方はもう少し考えていいと思うよ? 親が死んでも、親に捨てられても。故郷がなくなっても、故郷を捨てても。きみは幸せになっていい」
「……ンなこと。──そンなこと、できっかよ」

 絞り出すように答えたイルに「あはぁ、そうかい」と軽く手を振り、アルコルは立ち去った。

 その背を、自分とは全く違う濃い金髪の後ろ姿を見ながら考える。
 彼の言った言葉。

 親に捨てられても。故郷を捨てても。幸せになっていい。

「……ンなの、自分に言い聞かせてるみてェじゃねェか」




出演:「ライラプス王国記」より アルコル、イル
20241006.NO.73.「過ぎた日を思う」

10/6/2024, 4:35:40 PM