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村から山へと続く小さな細道。その脇に、昔からお地蔵さんが立っている。

小学生の頃の夏休み、私は祖父母の家に預けられていた。
祖父は毎朝、この場所に行くのが日課だった。お地蔵さんの周りを綺麗に掃除したり、お供え物をして何かをお祈りしていた。
私は毎回それを見て、祖父を真似て手を合わせていた。

ある時私は尋ねた。
「じいちゃんは毎日、お地蔵さんに何をお祈りしているの?」
すると祖父は、
「大切な人がいつまでも、どこに行っても、幸せで居られますようにと手を合わせているんだよ。」
そうやっていつもと変わらず目を細めて答えてくれた。

私は当時、「願う」という行為は、何かが欲しいとか、学力の向上とか、自分のことばかりが思い浮かんでいた。
正直、祖父の話を聞いても、人のために願いたいという感覚は分からなかった。

今でもあの夏の日々を思い出す。
そんなある日、
コンコンとノックの音が聞こえた。しばらくすると、
「山本さん、お孫さん達がいらっしゃいましたよ。」
と言う声とともにドアが開いた。

するとすかさず
「おじいちゃん!」
と言う元気な声が響いた。

見慣れた窓から見えるイチョウの葉。気がつくとほとんどが黄色く染まっていた。あの葉がすべて染まるころには、当時の祖父の祈りの気持ちを、私は理解できているのだろう。そう静かに確信している。


お題:祈りの果て

11/13/2025, 12:05:20 PM