「お願い、点いて……!」
わたしは、目の前の消えかけたかがり火に向かって、必死に手をのばした。
わたしたちの住むこの街は、別名、〈眠り風の街〉とも呼ばれている。
ある時から、東の山脈から吹きおろしてくる夜の風に、何か甘い香りが混じり始めた。その山から運ばれる何かが、人々を強制的に、深い眠りに落とすのだ。建物の中に入り、扉や窓をぴったりと閉めても、それは防ぐことができなかった。
そして、一度眠りについてしまえば、水や食べ物を摂ることもできず、そのまま体が弱り死を待つことしかできない。
それを避けられる唯一の方法は、街を囲むように、特殊なかがり火を灯し続けることだった。風の香りを、この火でなら打ち消すことができるのだ。
わたしを含む、呪文を使える数人が、交代でこのかがり火を守っている。
「代われ!」
離れた場所にいた、わたしの先生がこちらに駆け寄り、呪文を唱えつつ、かがり火に手をかざした。
ぼうっと、火が勢いよく燃え上がった。周囲が強い炎に照らされ、明るさを取り戻す。
わたしは、肩の力が抜けて、よろめいた。
よかった……。
先生の厳しい目が、こちらを見下ろしていた。
「次、行くぞ」
「はい……!」
気を取り直して、次のかがり火の場所へと向かう。
風の秘密が解明されるのが先か、街の人々が別の土地へ移住するのが先か。ともかく、それまではこの火を絶やすわけにはいかないのだ。死の眠りを遠ざける、この街の火を。
『火の守り手』
(街の明かり)
7/9/2023, 2:27:26 PM