作家志望の高校生

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僕は人生において、なるべく余計な苦労はしたくないし、何もしなくていいならそのまま生きていたい。
毎日決まった時間にギチギチの電車に詰め込まれて、夜まで働いて寝に帰るような生活は、絶対ごめんだった。
だから、今の生活は何より都合がいい。
世間は必死に僕を探しているようだけれど、僕はここから出てやる気なんて一切無かった。
きっかけは大学の帰り道だった。
もうそろそろ卒業を目前に控えめ、周りからは就活の話がよく聞こえるようになっていた。
そんな中、一人就活もせずフラフラしていた僕は、就職かか嫌だというただ一点で留年を検討していた。
無駄に単位だけは取ってあったから、あとは卒論さえ書けば卒業することができる。
けれど、就職して人生の何十年という時間を会社に奪われるくらいなら、もう一年、むしろギリギリまで留年し続けて大学生を続けたい。
しかし現実はそう甘くなく、親に、余裕があるわけではないのだからさっさと働け、とのお叱りを受けてしまった。
そんなこんなで、重たい溜息を零しながら歩いていた、そんな帰り道だった。
ふと、細い路地に通りがかったところで、僕の横に車が止まった。
ぽかんとしている間に車内へ引きずり込まれ、両手足をテープでぐるぐる巻きにされた。
途中で犯人が何か言っていた気はするが、大して覚えていない。
彼の家らしき場所に連れてこられて、呆然とした。
広い。下手したら、僕の実家の2倍くらいありそうだった。
彼が言うには、彼はある日見かけた僕に一目惚れし、誘拐を決意したらしい。
わざわざそのためだけに給料のいいホワイト企業へ入って、僕との時間も最大限取れるようみっちり備えてから決行したという。
鉄の鎖片手にザ·ヤンデレという笑顔を浮かべている彼を見て、僕の中に最初に浮かんだのは――歓喜だった。
誘拐されているのだ。合法的に、働けない。
それどころか、3食昼寝付きの広い家で自由にしていていいというのだ。
外に出てはダメらしいが、元々僕はインドア派。何も困らない。
こうして、僕の世界一歪な楽園生活が幕を明けた。
彼も僕があまりに嬉々として監禁されるのでびっくりはしていたが、誘拐成功の喜びが勝ったらしい。ここまで利害が一致すると、もはや健全にも思えてくる。
僕と彼は、互いに抱く感情に名前も付けられないまま、生温い、けれど何より心地良い楽園で、ずっとずっとすごしていた。
ニュースキャスターのお姉さんが読み上げる僕の情報も、もう誰の耳にも入っていなかった。

テーマ:楽園

5/1/2026, 8:45:42 AM