第四話 その妃、ほくそ笑めば
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人間は、浅ましく愚かだ。己の私利私欲を律する人間など、神に誓いを立てた僧侶や巫女くらいだろう。
正しく律せられるのも数える程度。実際にこの目で見たことなど、生きてきた人生で一度もない。
そんな人間ばかりならば、争い事など起こるはずもない。それは、俗世から切り離された小国も例外ではない。
「意にそぐわぬまま、迷い込んだ小鳥たちは何も、一羽二羽の話では御座いません。……我が麗しの小鳥も、恐らくはその類で有りましょう」
だからこそ、この妃にははっきりと、この心を届けておきたいと思うのだ。
膝を折り、面を上げぬまま、束の間の沈黙が訪れる。静かにそれを破ったのは、妃の方が早かった。
「それで、あんたは私に何を望むのかしら」
「小鳥に自由を」
「私を、ここから出したいと?」
言わずとも、この人ならば知っているだろう。
迷い込んだ小鳥たちが、一体どうなったのか。
それでもこの場所から、安全に飛び立って行ける術があることを。
「お望みとあらば」
ハッと、鼻で笑われる。
できないと思っているからではない。愚かだと、そう思ったのだ。
この、『小鳥を助ける』という、自己満足の繰り返しを。繰り返すだけで根本を正そうとしない、目の前の非力な男を。
「つまりは私をここから脱出させて、尚且つこの国から亡命させようとしてるってわけよね」
「はい。僕の全てを以て、あなた様の安全を保証すると誓いましょう」
「でもそれだけじゃ、全然面白くないわよね」
「……はい? 面白い?」
「あんたもそろそろ飽きてきた頃でしょう? その誓いも、何度も言い過ぎて薄っぺらいったらありゃしない」
そうして、目の前の妃はほくそ笑んだ。
「あんたは、今まで何を見てきたのかしら」
頬杖を突いて。
笑みを浮かべて。
「私、やると決めたらとことんやらないと気が済まなくって」
そして跪く男を指差して、言い放つ。
「吠え面かかせてやろうじゃないの」
「えー……」
美しさは変わらない。
けれど、どこか年相応に見えるその愉しそうな笑みに、捨てたはずの心が踊り出す。
あるわけない。
何事も、上辺で付き合うのが一番楽で後腐れないのに。
「何よ。何か文句でもあるわけ。あるって言っても、あんたはもれなく道連れだから」
「何でもないですよ。喜んで着いていきますとも」
月が沈む。
きっと寝惚けているせいだろうと、今はまだ、そう思うことにしておく。
これ以上、面倒事に関わるのは御免だから。
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1/30/2024, 12:03:42 PM