—最後の香り—
自分の部屋の窓を開けると、やわらかい果実のような甘い香りが鼻をくすぐる。この匂いを嗅ぐと、秋が来たんだなと感じる。
「このキンモクセイの香りを嗅げるのは、今年で最後みたいねぇ」
「本当に残念だわ。公園は住宅地に代わるらしいわよ」
近所のおばちゃんたちが話している。二人の声は、自然と耳に入ってきた。
おばちゃんたちの言う通り、家の近くの公園では、規制線の向こうで工事が進んでいる。
「ここの人たち、みーんな反対してるのに市長が勝手に決めたんだってねぇ」
「あら、そうだったの!」
皆、キンモクセイのこの優しい香りが好きなのだ。僕も正直、無くなってほしくない。
「だからバチが当たるのよ。この間のニュース見た?」
「ええ、見たわ。いつかはやると思ってたのよ」
僕もそのニュースは見た。市長にはパワハラの疑惑がかけられているらしい。
でももし、それが本当なら……。
「辞任するのかしらね」
「そうじゃないかしら。もしそうなったら、公園の閉鎖は無くなるのかしらねぇ」
だが既に工事は始まっているので、残念だが無くなるとは思えない。
最後にキンモクセイの香りを胸いっぱいに吸い込んで、窓を閉めた。
来年は別のどこかでキンモクセイを感じられたらいいな、と思う。
お題:キンモクセイ
11/5/2025, 9:13:06 AM