昔、父さんが言った。
『レイ、お前の名前は”一筋の光”という意味なんだ』と。『いつか迷った人達がお前を目指して進めるように、誰かの光になりなさい』と。
でも結局、俺は誰かの光にはなれなかった。俺の力量不足で部下達を沢山失ったし、俺自身も大きな怪我を負った。
戦場で敵や味方の遺体と一緒に転がりながら、俺はぼんやり思った。
(ああ、帰って愚痴聞くって言ったのにな)
ウォーカーだったら上手くやれてたのかな。アイツは器用だし俺と違って視野が広いから。もっと上手く部下達を逃してやれたかもなぁ。
粉塵で茶色く濁る空を見上げる。さっきまで嫌に痛んでいた左腕は、最早感覚すら無くなっていた。涙は枯れ果てた。
そうする内に、俺の意識は途切れた。
***
野戦病院で再会したレイは、全身包帯まみれで御伽話で見たミイラのようだった。
それから足繁く通っている内になんとか意識を取り戻し、そこからの回復は目覚ましいほどだった。
しかし、流石のレイでも精神的に参っていた。目の前で何人もの部下を失ってきたのだから心中を察するに余りあった。
かつての明るさは鳴りを顰め、代わりにベッドから外を眺めることが増えた。
毎日時間を割いて会いに行くも、会話はあまり弾まず、俺は次第に焦り始めていた。
そんなある日。
「ウォーカー、お前の名前さ…俺が決めたじゃん?」
ようやく口を開いたかと思ったら、随分と昔の話をし始めた。
レイの言う通り、俺の名は奴が決めた。俺は孤児のまま育ち成人してからも名無しのまま生きてきた。
軍が難民の為にと炊き出しをしていたキャンプへ迷い込んだ俺に、レイが食事と共に俺に名をくれたのだ。
「俺の名前さ、父さんが付けたんだ。”一筋の光”って意味なんだってさ」
「ああ、一度だけ聞いた気がする」
「なんか…名前負けしてるなーって、思って」
そう言うとレイは右腕で両膝を抱え込んだ。左腕はまだ感覚があまり無いのか、だらりと下ろされている。
「…そんなこと無いさ」
「ウォーカーは、その名前…気に入ってる?」
「勿論」
ウォーカー・ライト。光を歩む者。名付けられた当初はなんて小っ恥ずかしいダサい名前だと思ったものだ。
けれどレイの名前の話を聞いた時、何故か嬉しかった。何故なら。
「レイ。お前にとってはなんて事ない出来事だったかもしれないが…俺はお前に救われたと思っているよ」
レイが膝から顔を上げて俺を見る。改めて言葉にするのは気恥ずかしいが、レイが元気になるならどう思われようと構わなかった。
「名前なんて無くても生きていけたんだ。それなのに、お前だけが俺に名を尋ねてくれた。無いと答えたら『付けてやる』と言ってくれた。道端の石ころだった俺をを拾い上げて丁寧に磨いてくれた。いつだって俺を導いてくれた」
格好をつけて言いたかった言葉は、途中詰まりながら、掠れながら、何とか口にできた。
「レイ。俺にとっては、お前は歩むべき”道筋”だったよ」
そこまで言ってレイを見やれば、琥珀色の瞳に溢れんばかりの涙を溜めていた。けれどその表情は先程よりも明るく嬉しそうであった。
「へへ……なら、良かった」
そう微笑むと、堪えきれなかった涙が一粒ニ粒と零れ落ちた。光を受けたそれが、乱反射して宝石の様に輝いた。
二人して照れ臭さから小さく笑う。心地いい笑いだった。
「…あー。こんな落ち込んでる場合じゃないな!皆に顔向け出来ないや。まずは治療頑張らないと」
少しだけ吹っ切れたその表情に、俺は小さく頷いた。漸く踏み出せた一歩を後押しできる様に提案する。
「ならそうだな…日常生活で腕を使う練習をするのが一番だそうだ。まずは紅茶でも淹れられるようにしてみるか?」
紅茶!そう呟いたレイの表情が少しだけ曇る。どうしたのかと言葉の続きを待てば、気まずそうに言った。
「そもそもの淹れ方分からないんだけど…大丈夫かな?」
そのなんとも締まらない言葉に、俺は思わず声を上げて笑った。
≪一筋の光≫
11/5/2024, 1:43:50 PM