すゞめ

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『消えない灯り』

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いつもありがとうございます。
昨日のお題『きらめく街並み』を更新しました。
そしてそのお題と話を繋げています。
ご興味ありましたら、そちらとあわせて目を通してくださるとうれしいです。
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 あの日、彼女の黒くて大きな瞳から薄膜が雫となって零れ落ちる。
 咄嗟のこととはいえ、不用意に彼女の琴線に触れてしまった。

 あの日以降、彼女との距離に明確な亀裂が入る。

 派手な見た目をしているが、彼女は慎ましやかで淑やかにたおやかな生活をしていた。
 交際を始めているわけでもない異性である俺からのボディタッチなんて、悪手の最たる例である。

 どうしよう……。

 仕切り直すのは当然だが手立てがなかった。
 大学から彼女の最寄駅までは4駅。
 彼女は通学を徒歩に切り替えた。
 いや、正しくはランニングである。

 追いかけようとしたが、あっさり置いていかれた。
 現役でスポーツをしていた頃でも、あのペースについていけるかは怪しい。

 世界を手玉に取る彼女の体力を痛感した。

   *

 悶々と師走という季節を過ごしていたある日、サークル仲間から声をかけられる。

「ねえ。ついにあの子に振られたの?」
「……ついにってなんだよ?」
「いいから」
「会えなくなるくらいにはこっぴどく」
「ふーん。ホントにちゃんと振られたんだ」
「はあ?」

 距離を取られて話しかけられなくなることが「ちゃんと」であってたまるか。
 きちんと「嫌い」と言ってくれるまで諦めるつもりは毛頭なかった。

「なんだよ?」

 とはいえ、彼の真意が気になり藪蛇だとわかりつつも深掘りする。

「明後日の合コン、彼女が来るっていう噂が立ってる」
「は?」

 彼女の通う大学と俺の通う大学は、比較的距離が近かった。
 こうして合コンの話が流れてくるくらいにはパイプが太い。

「そういうことに参加するタイプじゃないだろ」
「でも押しは弱そうじゃん」

 確かに。

 人ごとでしかない彼は、焚きつけるようにヘラッと笑った。

「女の子たち、ついにストーカーが諦めたってはしゃいでるみたいだったけど?」
「……」

 彼の悪意しかない言い方に、眼鏡のブリッジを押さえた。

「ちょっと、頼みがあるんだけど」
「俺の見返りは安くないけど大丈夫そう?」
「覚悟はしてる」

 心底楽しそうな彼の反応とは対照的に、俺は深々とため息をつくのだった。

   *

 詳細はわからないが、彼女が合コンに誘われていること自体は事実だった。

 壊した心を埋めるためとはいえ、合コンなんて安っぽい出会いに手を出すなんて彼女らしくもない。
 困らせたいわけではなかったが、背に腹は変えられなかった。
 人身御供として女装させたサークル仲間を合コンに捧げて、彼女を引っぺがす。

 予定がなくなり、自然と駅に向かう彼女に俺も後ろをついて歩いた。

 毎回、こうして助けてあげられるわけではない。
 ついでに、今後はこういった事態にならないように釘も刺した。

「大切な試合が控えているこの時期に、不用意に誘いに乗るのはどうかと思います」
「……」
「クリスマス前の合コンなんて参加したら、あなたが痛い目に遭うだけじゃないですか?」
「え、合コン?」

 キョトンと足を止める彼女に確信した。

 きっと、彼女は忘年会や食事会と称して誘われたのだろう。
 時期的にも彼女は断っていたはずだ。
 話が大きくなってしまって、断るに断れなくなったのだろう。

「そもそも、男を求めてるなら俺でよくないですか?」

 あえて逆鱗に触れそうな言い方をすれば、彼女は軽蔑の眼差しで俺を見上げる。

「酒もタバコも知らない男に、私の手癖を好き勝手に語られる筋合いはないと思うけど?」

 そんなつき合い方したことないクセに。

 毎日、どれだけ俺が彼女を見てきたと思っているのだろう。
 彼女の虚勢があまりにもかわいくて、つい口元が緩んだ。

「なるほど、確かに」

 プライドをへし折りたいわけではない。
 彼女のプライドは、あの涙とともに散ったのだ。

 雑に繕った虚勢には触れずに、俺なりの言葉で彼女に同調する。

「あなたが10代に手を出すなんて解釈は、解釈違いも甚だしくて遺憾ですね」
「世間体とか倫理的なことは言ってない」

 彼女は眉を寄せて一蹴したあと、先ほどよりも速いペースで歩みを進めた。

「でも、あなたを落とすための前提条件は、ハタチであることなんでしょう?」

 言葉尻だけを捉えると否定できないのか、彼女は面白くなさそうに口を噤んだ。
 煽り返されることに弱い彼女に、俺は遠慮なくたたみかける。

「でも、それはそれとして、10代には10代の戦い方があるんで、身をもって味わってもらいます」
「は?」

 振り返る彼女と視線がぶつかった。
 ハタチになるまで待つつもりなどない。

 俺がハタチになったときすぐに寄りかかってもらえるように、その強がりな態度すら取れなくなるまで、全力で彼女を口説き続けると決めた。

「絶対にあなたの彼氏になってみせますから。覚悟しててください」

 俺との恋を育んでほしくて宣戦布告をしていれば、駅に着く。

「俺、がんばりますから。ほかの男によそ見しないでくださいね?」

 立ち尽くした彼女に手を振って、俺は駅の改札に入る。
 彼女への恋心を灯しながら。

12/7/2025, 7:36:51 AM