白眼野 りゅー

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【愛-恋=ゼロになる?】

「これ。早く書いてね」

 机の上に、緑の紙。悲しそうな顔をする君にも、心は動かない。僕は新しい恋を見つけたのだ。

「私のこと、嫌いになったの?」
「そうじゃないよ。でも、もう僕は君に恋してない」

 僕が言うのもなんだが、彼女は何も悪くない。

「プロポーズのとき、愛してるって言ってくれたのに」
「言ったよ。でも、愛から恋を引いたら、後には何も残らないから」

 何も残らないのに、関係を続ける理由はない。それだけだ。

「……そんなことないよ」
「何が?」
「愛から恋を引いたら、ってやつ。きっと、愛の残骸くらいは残るよ」
「残骸ねえ」

 そんなものが残ったから、何だと言うのか。こうやっていちいち僕の言うことに突っかかってくるところは、少し嫌いだったかもな。

「知ってる? 何にだって名前はあること。私と君の間にあったものの名前は愛。あなたが会社の後輩に抱いている感情は、恋」

 言いながら、君はふらふらと部屋を出ていく。……頭がおかしくなって妙な言動や行動を取るのは勝手だが、離婚届を書いてからにしてほしい。

「愛の残骸にもね、ちゃんと名前があるの」

 隣の部屋からの声。足音がこちらに戻ってくる。ようやく書く気になったか。もしかしたら、部屋を出たのは単にボールペンか印鑑を取りに行くためだったのかもしれない。

「……あれ」

 でも、君の手に握られていたのは、そのどちらでもなかった。

「きっと、愛から恋を引いたら、」

 ああ、隣の部屋って、台所だったじゃないか。

「殺意になるの」

10/16/2025, 7:12:10 AM