胡蝶花

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『ありがとう、ごめんね』


その子には翼が生えていた。
オルレアの花弁を思わせるような白い羽。畳んでいる状態でも片翼で大人一人覆うことが出来るほど、その翼は大きかった。その子の小さな体躯には不釣り合いにすら見える。

有翼人。
遥か昔に人と戦い、敗れ、虐げられてきた民族だ。

彼らは富裕層に所有されているため、私は今まで本物を見たことがなかった。だから、初めて目の当たりにする翼の美しさにすっかり心を奪われてしまった。腸を散らかし食されている父親が眼中に映ることは無く、ただただその光景に見蕩れていた。身動きが取れなかった。
「なんて美しいの」
ため息ほどの小さな呟きをその子は聞き取ったらしい。視線を移し私を認めると、目を細めてゆったりと歩んで来た。
「人間からお褒めの言葉を授かるなんて」
花のように甘い声だ。ふふっ、と笑うと同時に翼も揺れる。艶やかな笑みにクラクラした。

「ありがとう」
そう言うと、鉤爪で私の喉を裂いた。

動脈が切れて、ピュッと血が弧を描く。
視界がずりっ、と平行移動した。

「ごめんね。でも──…」
甘い声はぼやけて、すぐに聞こえなくなってしまった。
ただ、血に染まった羽先を見ていた。赤く艶めいて美しかった。

12/9/2021, 4:45:41 PM