道端にコンニャク落ちてた

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テーマ:『美しい』



 住宅街にひっそりと営んでいるカフェ“ハチみつ“
 私は長年ここで働いている。
 
 ここでいろんなお客さんと触れあっていると様々な価値観があることを知る。私はそれに影響されてたくさんの物事に興味や疑問を抱くようになっていた。

 そのせいか、今では物思いに耽る時間が一日の大半を占めるようになっていた。

 店内にお客さんは一人もいない。何をするでもなく、ゆったりとした時間だけが流れる。こういう時間があるからついつい考え込んでしまうのだ。
 ここ二日くらいは、人にとって美しいとはなにかがテーマだ。

 
 
 人の言う美しいものはあまりにも多い。誰かが「醜い」と言ったものを、別の誰かは「美しい」と言う。
 そのもの自体が美しいと思うのはもちろん、そこまでに至る過程が美しいと思う人もいる。

 そうなると、この世の全ては美しいということになる。

 が、少し腑に落ちない。

 人は美しいものを追求する。動きや結果、過程などを、より美しいものにするために。例えそれが世界で一番美しいものだとしても。

 それは本当に美しいと思っているのか疑う行為だ。現状に満足してないからそうするのではないか。
 これよりも美しいものがあるはずだと思っているから人はそれを追求するのであろう。しかしそれはまだ美しくないと思っている証拠なのではないだろうか。

 いや、もしかするとその過程こそが人が感じる“美しい”ものの正体かもしれない。なるほど、過程が美しいというのはこのことか。

 人は、今の“美しい”よりも未だ見ぬ“美しい”に心を奪われているのだ。

 

 
 チリンチリンと、来店を告げる鈴の音が軽やかに鳴り響く。それを聞くやいなや物思いに耽っていた頭を瞬時に切り替える。さぁ仕事の時間だ。

 お客さんは若い女性の二人組で、通されたテーブルにつくなり店内の雰囲気に小さくはしゃいでいる。注文するメニューを決めているときも何だか楽しそうにしている。
 注文を受けて店主が品物を提供するまでのあいだ。それが私とお客さんが触れ合う時間だ。
 
 私は、ゆっくりとした足どりでお客さんの足もとまで行くと一声吠えた。

 「わふっ」

 すると二人ともこちらに気づいたようで、私を見るなり黄色い歓声をあげた。

 「え〜かわいい〜〜 なんていう子だろう」

 ハチって言います。店の名前にもなっています。

 「でもちょっとブサイクだね」

 それは聞き捨てならない。

 「わかる。丁度いいくらいのブサイクだよね。君ブチャイクだね〜〜」

 そんなん可愛く言ってもダメージ変わらないんですが。
 まぁ何を言っても私――犬の言葉は人には伝わりませんがね。あ、この人おいしそうな匂いする。舐めとこ。

 「や〜ん本当かわいい〜ブサカワだね。君ブサカワよ」

 何だそのブサカワというのは。ブサイクと可愛いってどっちかじゃないのか。絶対に交じりあわないものだろう。

 「あ~ブチャカワだ〜ブチャカワブチャカワ」

 こちらの人間は可愛く言えばなんでもいいとでも思っているのか。あ、この味は鳥だ。鳥食べて来てるよこの人。

 その後もひたすらブサカワと呼ばれて撫で回される私。
 ブサカワってなんだろう。


 物思いに耽るときに使う題材がまたひとつ増えた。

  
 
 

1/17/2023, 5:25:33 AM