マル

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 ぼくの住む街には変わった人?が住んでいる。
 ぼくはその人と話したことはない。母さんから話しかけちゃだめだとキツく言われているからだ。
 その人?は、いつもいつも、分厚いコートを着て頭は黒い布…テレビドラマで見たドロボーがつけていた…たしか…目出し帽?を被っていて、顔にはいつも怖いお面を付けている。
 お化けのお面だったり、能面(だったと思う)だったり、あるいはウサギやイヌとかの動物のお面だったり、ヒーロー仮面だったり…とにかく色んなお面を毎日付けている。
 その格好で毎日、バスに乗ってどこかに行く。

 毎日…雨の日も、風の日も…真夏だって、ずっと。

 ぼくの学校でもその人は有名だ。
「サツジンキなんじゃないかって、お兄ちゃんの友達が言ってた!」
「実はユウレイなんだって!」
「こわいよね…いつも何してるのかな…?」
「呪われてるんだと思う!…なんにかは知らない!」
 とかとかとか…。みんな、そんな風な噂をたてている。

 その日は、予報ハズレの大雨が突然降った。
 ゴウゴウと酷い風も吹いてる。帰ってる最中になんて、最低な天気。
 何とか家の近くのバス停に飛び込むと、そこに例の人?がいた。
 ぴちゃんぴちゃんと、分厚いコートの端から雨粒が落ちていて、頭までぐっしょりぬれている。その日はなんの生き物かもわからないお面を付けていたけど、それにも大きな雨粒が乗っていた。
 まずいな、とぼくは思った。雨宿りしていたいけど、この人のとなりは少し怖い。
 でも…チャンスだとも思った。この人がなんでこんな格好をしてるのか、聞けるのはきっと今しかない。
 ぼくは意を決して、口を開いた。
「あの…こんにちは」
 するとその人…は、くるりとこちらを見た。たくさんの目と目が合う。そのお面はよく見ると、蜘蛛だった。
「どうも…こんにちは」
 その人は意外にも普通に返事を返してきた。声は何だか変だったけど。なんというか、テレビで見たモザイクをかけられた人の声みたいな感じ。
「あの、あなたはなんでそんな格好してるんですか?」
 ぼくがそう聞くと、その人はぼくから目を離してぽつりとつぶやくように言った。
「やっぱり…気になるよね」
「うん…暑くないんですか?」
「暑いよ。でもね、理由があるの…怖がらせてごめんね」
 暑いんだ…とぼくは以外に思った。毎日着てるから、暑くも寒くもないんだと思っていた。
「理由…って何?…そもそも…人間なの…?」
 これを聞くのは勇気がいた…はずなんだけど、何故かその時は怖さなんて一欠もなくて、スルリと言葉が口に出ていた。
「…私、怖がりだから。色んなものを見聞きするたび、怖くなって…人をね、辞めればいいやって思ったの」
 わかんないよね、とその人は言って首を振った。水が少し飛びちる。
 でも本当に何をこの人が言っているかはわからなくて、ぼくはだまっていた。
「人じゃなくなれば…人と関わることをなくなるけど、傷つけられることも、減るから…」
 それに、と言葉を切って
「こんなイカれた人と、関わりたいって思う人、まずいないから…」
「友達、いらないの?」
 ぼくは驚いて聞いてしまった。毎日楽しく遊べる友達がいないのは、さみしくないんだろうか?
「いらない…かな。一人でも、なんとか生きてけてるし…人と話すのは、どうしても苦手で…疲れちゃうの」
 ぼくはその言葉を聞いた時、とっても悲しく感じてしまった。どこか心の中がモヤッとした。
「ボクは、友達がたくさんいるのかな…?」
「いるよ!毎日遊んで、楽しいよ!」
「そっかぁ…いいね」
「ぼくが友達になってあげようか?」
「んん…ご遠慮させてもらうかな…今は…一人がいい」
「さみしく、ないの?」
 ぼくの言葉にその人は、ピクリと反応した。いつの間にかうつむき気味だった顔を上げ、言った。
「少しは…でも、人に気を使うのも、少しでも近い仲になるのも…怖いし、疲れちゃうの。だから…一人でいい」
 そんな…と思いながらぼくがうつむくと、上から優しい声がした。
「キミは…優しいいい子だ。だから、今いる友達や、いつかできる友達を…大事にしてあげて。…それと」
 そう言われて顔を上げたぼくは、またたくさんの目と目があった。その人は、ジッとぼくを見ていた。
「私は…きっと、優しい方だったと思う。いいね、もし他にこんな格好した人がいたら…話しかけない方がいい」
「なんで?」
「…怖い人かも知れないでしょ。どうする?刃物とか持ってたら。君をさらおうとしたら。怖い人、知らない人に気軽に話しかけちゃだめだよ?先生や親御さんからも、言われてるでしょ?」
「…そうだけど」
「ね、だめ」
 そう言ってその人はまだ大雨なのにバス停から出ていこうとした。ザーザーと降る雨がその人を濡らしていく。
「あっまだだめだよ!風邪ひいちゃうよ!」
 ぼくがそう言って止めようとするとその人はぼくを見て
「大丈夫…あんま濡れないから…着込んでるし…ボクは、風邪引かないようにね」
 とそう言って歩き出して行ってしまった。

 まだ雨は降り続けている。ザーザーという音が酷さを増してきた頃、慌てた様子の母さんが来た。
 母さんは雨宿りしていたぼくを見つけると少し驚いてから、安心した顔で笑った。
「あーらら、びっしょんこじゃないの。運が悪かったわねぇ」
「うん…」
「どしたの?元気ないじゃない。ま、家帰りましょ!ほら傘!」
 母さんは手に持っていたぼくの傘をぐっと差し出した。
 傘を開いて、母さんと隣を歩く。ぼくはずっと、あの人のことが気になっていた。
「ね、母さん、あのさ、お面の人が…」
「ん…?あぁ、あの人ね。話しかけちゃだめよ」
「…なんで?」
「いつも言ってるでしょ、危ない人かもしれないって」
 その答えに、ぼくはあの人が言っていた言葉を思い出した。

 それから、数年が経った。僕は中学生になり、部活道を謳歌している。
 その日はあの時みたいな、予報ハズレの大雨が降った。部活のない帰り道、鞄を傘にしながら走る。
 あの例のバス停を通りかかった時、またあの人はいた。
 静かに俯いて、ジッと雨が上がるのを待っている。
 少しあの時が掠めたが、今度は話しかけずに走っていった。

きょうのおだい『雨に佇む』

8/27/2023, 5:34:32 PM