あにの川流れ

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 あいつの自己管理能力は凄まじい。
 少しでも体調が悪ければすぐに時間をつくって市販薬や処方箋を手に戻ってくる。仮眠室で身体を休めたり自身の身体のケアは怠らない。必要最低限のタスクを終わらせてから、早退したり。
 周囲に迷惑をかけないラインで無理をしない程度に無理をする。

 もともと病弱らしく、気づけば不調を抱えているのだが、自己管理が徹底されているせいで変に気を遣えないことに俺を含め周囲がもどかしく感じている。
 あいつは気づいていないのだろうか…?

 その日も妙に体調が悪そうだった。
 クールビズの季節に長袖を着てマスクで鼻口を覆い、水筒から香るのは喉にいいとされるハーブの香り。
 
 「今日はちょっと体調が悪くてコンディションが落ちるかも知れない。ごめんね」

 そう言いながら人を見つけてさっさと引継ぎ作業を。引き継ぐことができないものは持ち前の能力の高さで片付けてゆく。
 コホンコホンと咳をするので飴でも渡そうかと思うのだが、その口からカラカラと音がしていた。

 昼食も「なんか味が濃い物がたべたい…」と言いながらも、調子の悪い身体を鑑みて胃にやさしい雑炊を選んでいた。

 昼休憩の終わり頃にふらふらしながらデスクに戻ってくる。目が虚ろでさすがにと思い、休むよう言おうとした前に自己申告。

 「ごめん、仮眠室行ってくる。一時間して戻らなかったら起こしてほしい」
 「お、おう」

 重たそうな身体を引き摺る背中を見送った。

 しばらくして仮眠室に様子を見に行けば、薄暗い防音性の高いそこで清潔なベッドで寝息を立てていた。あからさまつらそうに眉間にはシワが寄っているし、汗をかいた顔が赤い。
 自販機でスポーツドリンクでも買って氷枕か冷えピタを、と脳内で世話を焼こうとするが、枕元にはすでに半分飲まれたスポーツドリンク。額にはぴっちりきれいに貼られた冷えピタ。ベッドの足許に置かれたバッグには替えのスーツが。

 できることがなさ過ぎる。

 せめて、と壁掛けの時計を外す。備品の予算をケチるウチには電波時計などない。だがそれがかえって良い方へ向くときもある。


****

 ふと目が醒める。
 頭が随分と重たいが、ぼーっとする感覚は薄らいで手に伝わる首の熱も少し下がったみたいだ。眠る前に飲んだ解熱剤が効いたのだろう。

 「(……いま何時)」

 スーッと視線が慣れたように壁を伝って時計を見た。文字盤にフォーカスされ認識した脳が違和感を発する。

 「あれ」

 眠る前に時計を見てからまだ二〇分も経っていない。おかしいと思いながら今度はスマホを手に取った。持ち上げられて感知した画面がパッと数字を映して違和感の正体のヒントを見せた。

 むずむずとした慣れない気持ちに不甲斐なさ。今後の反省点を見出して頭に刻んだ。

 カラカラに乾いた喉にスポーツドリンクを流してから、そそくさとベッドに横になった。
 不思議と、不調時にひとりで横になっているときに感じる心細さがなく、すんなりと眠りに落ちることができる。

 四〇分後のことを頭でシミュレーションしながらもぞりと丸まって。



#目が覚めると



7/11/2023, 4:44:06 AM