細言

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『記憶のランタン』
夜の空は綺麗だ。星が静かに輝いて、街を照らして、僕を照らして、とにかく夜というものは綺麗なのだ。
僕は4、5歳の時に父から貰った錆びれたランタンを持って、深夜の街を徘徊する。ランタンの金具をカラカラと鳴らしながら悠々と歩く。
そういえばこのランタンは、父の形見となってしまった。つい数ヶ月前に父は死んだ。案外あっけないと感じた。父が死んでから、昔の記憶をふと思い出すようになった。旅行先で、夜の町を探検するためにこのランタンを買ったこと。その時初めて、火傷をしたこと。探検中に寝てしまって、気づいた時には宿で朝日を浴びていたこと。
だめだだめだ、葬式中は泣けなかったのに、思い出すと泣けてくる。僕は暗く冷たい夜道を走った。夜風が顔面を撫でて涙が吹き飛ぶ。吹き飛んだ先から溢れ出す。目尻から涙が抜けていく。去っていく。叫びたかったけど夜中だから我慢した。
気づくと海岸に着いていた。スマホを取り出して時刻を見ると深夜の2時40分だった。スマホの明るすぎる画面に目が眩みそうになる。僕は砂浜に腰を落として夜空を眺めた。綺麗だ。自然と涙がおさまる。
そうだ。このランタンを海に投げよう。そうすれば、少しは楽になる。そのはずだ。
僕はランタンを握りしめて大きく振りかぶった。錆びついた取っ手はとげとげしていて強く握ると少し痛かった。
ガシャンッ
ランタンは足元の砂の上に落ちた。手が離せなかった。でも、強く打ち付けた衝撃のせいか、ランタンの硝子が割れ、灯は消えてしまっていた。

灯りのない帰路は真っ暗で、二十代後半になっても少し怖いなと感じた。

11/18/2025, 4:30:17 PM