ユウキ

Open App

「明日?」
国に帰るんだ、そう告げたハルの言葉を驚きながらも、どこかそれを予期していた自分がいた。
国に残している母親の病状が良くない、そう聞いていたのはつい2週間前の事だった。その時の顔色は少し青ざめていて、何かに迷っているようだった。
もしかしたらもっと前から国に帰らなければならなかったのかもしれない。
賑やかだった酒場の喧騒が急に遠くに感じられた。
「そうか…。」
思った以上に気落ちした声が出てしまった。それを聞いて、ふふっとハルが笑った。
少し気恥ずかしくなり、むっとした顔をつくって「なんだよ。」と吐き捨てた。ハルは慌てたように俺の言葉を否定した。
「違うよ。嬉しいんだ。」
「嬉しいだって?」
「だって寂しそうに呟いてくれたから。」
「そんなのお前の勘違いだ。」
「そうかなぁ。」
照れくさそうにしながら、ハルは続けた。
「だってもし君が寂しいって思ってくれるなら、それだけ君の中にある僕の思い出は良いものって事だろう?」
「ふん、煩い誰かさんがいなくなって、静かになるのが寂しいってだけだ。いなくなって清々するさ。」
「手厳しいなぁ。」
「お前がいなくても当たり前だった日常にもどるだけだからな。寂しいだなんて、思ったりするかよ。」
お互いに顔を見合わせてニヤリと笑った。
ジョッキに残っていたエールを飲み干して、ハルは言った。
「僕は寂しさってのは、絶対的に必要なものだと思うよ。」
「なんだ突然。」
ふふ、とハルがまた笑って続けた。
「寂しさがあれば、アナタに次会った時の嬉しさもひとしおだから。」
「は、なんだよそりゃ。そんなら次はその嬉しさからもっと最高級の酒を奢ってくれよ。」


2024.12.19 「寂しさ」

12/19/2024, 2:47:22 PM