"後悔"
「時々思うんだよ。『あの時首を縦に振らなければ』とか『あの時折れずにこっぴどく振ってたら』って」
聖都大学附属病院の人通りの少ない、いつもの休憩スペースでいつもの小さなテーブルを挟んでいつものように向かい合わせに座り、窓の外の景色を眺めながらぽつりと呟く。
頬杖をつきながら紙コップを口につけ、中のコーヒーを啜る。いつもと同じ種類のブラックと書かれたいつも押しているボタンを押したはずなのに、なんだかいつもより少し苦い。
眺めている窓ガラスの向こうは、これまた車の通りも人通りも少ない道。けれど花壇となっている部分に芝桜が咲いていて、無骨な雰囲気の歩道を彩っている。
その可愛らしく揺れる芝桜を眺めながら芝桜に似つかわしく無い、後悔の念がこもった言葉が唇の隙間から零れた。
後悔なんて、大なり小なり数え切れない程している。その中でも直近で、大きな後悔が零れた。
ちらりと向かいに座る飛彩を見る。
「そうか」
そう言うと、コーヒーを啜って口を結んだ。
こいつは昔からそう。こうやって零しても頷くだけで、何も言わない。恐らく患者に対してもそうなんだと思う。
『ただ言葉にして自分の前で吐き出しているだけ』『自身はその先を聞かないし、否定も肯定もしない』という感じのスタンスで、ただ静かに聞くだけ。
普段俺が飛彩の吐き口になっているから、俺がこんな風に不意に零したネガティブな言葉を静かに聞いて、俺の吐き口になってくれているのだろう。
簡単に言うと、いつも聞いてくれているから零してくれた時は聞く側になろう、と言う事だろう。
「そんな事を二度と言わせないよう、今以上に幸せにする」
たまに反論してくる吐き口だが。小さく鼻で笑って「あっそ」と返す。
コーヒーを啜ろうと紙コップを持ち上げる。ふと中を覗くと、コーヒーの表面に口角が上がっている自分の顔が反射していた。
5/15/2024, 1:48:15 PM