最近、付き合い始めた子がいる。きっかけは大学の講習科目が同じで、バスの乗り継ぎでよく目を合わせていて、更には友人の紹介で引き出されたひとが、喫茶店の甘い香りを纏ったその人本人であったという、そんなとてもありきたりな出会い方だった。
成績が良いだけの所謂陰気な僕のどこを彼女が気に入ったのかはわからないけれども、二つ返事で成り立った恋路に、僕自身それなりの満足感と幸福感を抱いていた。もちろん、人生初ともいえる彼女がひたすらにタイプでかわいかったからである。
付き合いだしてわかったことは、想像より彼女がずっとオシャレ好き、かつ自分のかわいらしさというものを追い求めているということだった。
水族館のショーを見たあと、化粧直し。ご飯を食べたあと、化粧直し。僕の家で流れたドラマに瞳をうるわせて、慌てたように鏡を覗き込む。そんなに気にしなくてもかわいいと言うのだけれども、「くせなんだよね」「ごめんね」と眉を下げるばかりで、変に気を使わせてしまったと僕が自省するばかりであった。そうして共にふたつきを過ごして、冷めやらぬ熱が青い空に根付いていたのもすっかり面影ばかりになった頃。
窓を開ければつきつきと刺すような冷たさが身体をなぞるような窓辺で、寒がりだというのにわざわざ毛布を抱きしめながら洗濯物を干す僕の足元でスマホをいじっていた彼女。またショッピングページでもみてるんだろうな、と僕が横目で見ていれば、彼女こぼれてしまった、というふうに「かわいい」と呟く。かと思えばすぐにページを閉じた。
「どうしたの」
「今見てたアイシャドウさ〜パケがかわいかったんだけど、色味ブルベ冬っぽくて。わたしイエベ春だから合わないと思うんだよね」
なんだそのイタリアン料理店のお通しでギリでてこなさそうな名前。右も左もわからない僕がイエベって何?と聞けば、イエローベースの肌の色のことだ、と唸り声を挟みながら彼女は答えた。アジア系の人間の肌なんてみんな黄色がかってるものじゃないのか、と言おうとして、やめた。主語のない発言と同じくらい、層を限定した言葉はどこの方面に何を言われるかわからない。
そうして僕が洗濯物を干し終えた頃には、寒さがピークに達したらしい彼女はもう足元にはいなくて、テレビが悠々とみられる暖炉脇のソファでぼおっとしているようだった。洗濯かごをかかえながら、その顔を見つめてみる。コンプレックスらしい控えめな鼻、常にキラキラとしている瞳。薄く開いたくちびる、あどけない顔立ち。頬に差し込む夕焼けのようなあたたかみ。
「なに?」
ぱちりとまたたいた彼女の目が僕を捉える。思い出すのはさっきのイエベなんちゃらと、栗モンブランと、今朝の紅葉のニュース。たった今、どうしようもなく募りだすこの感情を、どうしたらいいのだろう。こんなの必修科目じゃなかっただろ。
きっと僕が文豪ならば、この気持ちひとつ表すためだけに原稿用紙を使い果たしてしまえるだろうに。君への恋慕できっと死ぬことだってできる。
「か、わいいなと思って」
詩人にしてはひどく簡潔で率直な僕のひっくり返った言葉に、彼女の頬の色がぶわりと広がる。秋だね、と僕が言えば、外見てから言ったら、と彼女が目を逸らした。十分見てるよ、僕が一番好きな、愛しい秋の美しさ。
秋恋
9/22/2024, 8:07:15 AM